EUアップル裁判(2020)

星陵台論集 第53巻 第3号掲載(2021年 2月) 

EUアップル裁判判決の内容とその影響(1)     

                         松 賀 正 考

 2020年7月15日、EUの第一審を担当するEU普通裁判所で、国際経済分野で注目される裁判の判決があった。今や国際経済分野の中でも最も注目を浴びる存在であるGAFAと総称される巨大企業の一つとなったアップル社がターゲットになっている事、その紛争を巡る金額が1兆5000億円相当にものぼるという事もあり、国際ビジネス分野のマスコミも注目していた裁判になっていた。しかも、その判決がアップル側の勝訴ととなり、EU委員会が敗訴した事から、今後の国際経済への影響も考える時、様々な反響と関心を呼んでいる。しかしながら、マスコミで流れる情報のほとんどは、その裁判結果と国際経済へのインパクトの大きさを伝えるのみで、この裁判の経緯や判決内容の詳細はほとんど紹介されておらず、大半の方には、多くの疑問が残されたままの状況である。

 この裁判の経緯と判決内容に興味を持ち、その判決の意外さに疑問を感じ、この裁判を巡る背景と内容を理解するため、判決文そのものの翻訳を試みた。

 この判決文の全文72ページは、I.~IV.の4部で構成されている。今回は、そのうち、 I.Background to the dispute (係争の背景)の10ページ分を文末に青字表記で添付している。

1.本裁判の背景と経緯

 まず、この裁判の原告はアイルランドおよびアップルグループの2社の子会社(ASI、AOE) であり、訴えられた被告はEUの行政機関であるEU委員会である。このような構図になったのはこれに先立ち、2016年EU委員会がアイルランドおよび2社のアップルの子会社に命じた裁定がある。この裁定の中で、EU委員会は、アイルランドがアップルの子会社との間で合意してきた税務事前協定(タックスルーリング TR)は、EU法に反する国家補助(State Aid)にあた るとし、このTRを取り消し、このTRによりアップルの子会社に与えられた差別的優遇措置の回復を命じた。この裁定によって命ぜられた追徴額が1兆5000億円相当という巨額に上った。

 EUが設立されたそもそもの主要目的の一つが公平で開かれた単一の自由競争市場を作り出すことでもあり、過去にも、EU委員会が加盟国の『国家補助』を否認して法人税の追徴を命じた例はいくつかあったが、これほどの巨額の例は無かった。矢内氏(国際課税研究所)の論文「EUのアップル判決の影響」の中で過去の国家補助規制の事案として挙げられているものでは ルクセンブルグ・アマゾン(約330億円の追徴)、オランダ・スターバックス(約35億の追徴、が普通裁判所では無効判決)、ルクセンブルグ・フィアット(約35億円の追徴、普通裁判所で 追徴容認判決)などがあるが、このEUアップル裁判での追徴額は約1兆5000億円と桁違いのレベルである。

 この巨額な追徴を命じたEU委員会の裁定の無効を求めて、アイルランドとアップル子会社が起こしたのが今回の裁判である。ここで、その巨額の追徴を求められたアップルの子会社が委員会の裁定無効を訴えるのは分かるが、やや奇妙に映るのは、この委員会の裁定通りであれば巨額の追徴税が入ってくる立場であるアイルランドが、その裁定無効の訴えの原告に加わっていることである。その背景を理解しておく必要がある。高久隆太氏によると「アイルランドが1973年にECに加盟した時にはECの中で最も貧しい国といわれていたが、1990年代後半からアイルランドは驚異の経済発展を遂げ「ケルトの虎」と呼ばれるようになった。その要因として低い法人税率による外資導入、高付加価値産業への構造転換等があげられる。」

 同書によれば、2015年におけるアイルランドの実質GDPは2,558億ユーロであり、日本円に換算 すると32.23兆円(1ユーロ=126円)である。同年の日本のそれは、538.1兆円であり、経済規模としては、日本の約16分の1である。また、その財政規模を歳入で見れば、同年で、706億ユーロ、 日本円では、8.9兆円である。つまり、今回の裁判の結果としての追徴額は、アイルランドの年間の歳入額のほぼ1/6にも上る巨額である。しかも、この裁判でEU委員会の主張が通れば、この巨大な追徴額がアイルランドに入るにもかかわらず、アイルランド(とアップル)は、その追徴を拒んでいることになる。それは、ある意味で奇妙な構図であるが、それだけ、アイルランドの経済発展にとって外資の導入とIT産業等の高付加価値産業への構造転換が目先の歳入増加よりも重要な課題である、という事を意味するのであろう。

 ちなみに、地政学的に見ると、(同じ2015年時点で)アイルランドは面積7万平方kmの国土に対 し、人口は、460万人で、人口密度は70人/平方kmである。実感的に分かりやすいように、日本と 比較すると、北海道の面積8万平方km、人口530万人(兵庫県の人口の550万人)、人口密度64人/平方kmとほぼ近い。人口規模的には、日本の人口 1億2700万人に対して約28分の1である。

2.判決文の構成とその概略 

 さて、本裁判の70ページを越す判決文の全体の構成を見る。大項目として、I.からIV.の4部で構成されている。

I.Background to the dispute (係争の背景)

II. Procedure and forms of order sought (司法手続きの過程と形式)

III. Law(審理)

IV. Costs (訴訟費用の負担)

 まず、I.係争の背景の詳細を見ていくと、最初にPra. 1で アップルグループの歴史について簡単に記されている。次に、パラグラフ3~7の中で2.ASIとAOEという項で、この裁判の原告である二つのアップル子会社の説明がある。この部分の説明は単なる事実の説明に過ぎないが、この裁 判の核心的な意味を持っている説明がある。そのパラグラフ3での記載の重要点の第一は、この裁判の 原告であるAOEはアップル本体から見ると、アップルの子 会社であるアップル=オペレーション=インターナショナル社のさらに完全子会社であり、さらにASIは、このAOEの完全子会社である、という関係である。ただしこのAOEとASIという二つの会社は単なるヨーロッパの片隅のアイルランドで細々したビジネスをしている会社ではない。その業務対象範囲は『主として、ヨーロッパ、 中東、インド、アフリカ地域(EMAIA)とアジア太平洋地 域(APEC)』つまり、アップルグループの世界戦略の内、南北アメリカ以外の全ての地域である。

pastedGraphic.png

(出典 高久隆太「アイルランドとEUの租税紛争」)

 高久隆太氏によれば、例えば2011年のアップル全世界順売上高の1008億ドルの内、ASIの純売上 高は475億ドルと、実にその44%を占めており、アップルグループ内において堂々たる中核的存在の一つなのである。さらに税引前利益で見ると、アップル本社の107億ドルに対し、220億ドルと、本社を上回る利益を上げている・・というより、アップルグループの国際的税務戦略の中で、 <本社以上の利益が割り当てられている>会社と言うべきかもしれない。

アップルおよびASIの純売上高(単位 10億ドル)

pastedGraphic_1.png

アップルのグループ法人の税引前利益(単位 10億ドル)

pastedGraphic_2.png

(出典 高久隆太「アイルランドとEUの租税紛争」)

 もう一つ、このパラグラフ3の記載の中の重要点は、「ASIとAOEは共にアイルランドで設立された会社であるが、アイルランドにおいて納税義務を持つ居住者ではない」という点である。これは、アイルランドの国内法である統合税法97第25節(1)の「我が国における非居住者である企業は、我が国における支店もしくは代理人を通して商取引を行なっていない限り、法人税を課されることはないが、もし支店や代理店を通しての取引をしている場合は、法人税法において定められている条件の例外以外では、それがどこで発生していても、その課税収益に対しては法人税が課される。」とつながって大きな意味を持つ。つまり、ヨーロッパの片隅のアイルランドに設立されたアップルグループの小さな関連会社であるASI(およびAOE)はグループの世界的租税戦略の中で、巨大な利益を割り当てられているが、アイルランドに居住していない外国法人として、アイルランドへの納税義務はなく、しかもこの事は、アイルランドの基本的租税法の統合税法97に置かれた条文で規定されているのである。

 さらにもう一つの重要なポイントは、このASIおよびAOEはアイルランドにおいて本社の社屋等 の物理的拠点も本社業務のために雇用された従業員も一切無いのであるが、不思議な事にアイルランド支店は社屋も従業員も存在する、という事である。すなわち、アップルグループの中で、 巨大な売上げと利益を上げている、あるいは、利益を割り当てられているASIとAOEの本社的存在 は一切存在せず、一方で、アイルランド支店だけは存在している、という奇妙な状況がある。 実は、この支店の存在と位置づけ、こそがこの裁判の最大のキーポイントと言える。

 その事はこの全文72ページに及ぶ判決文での語句検索を行った時に現れる「branch(支店)」という語の出現頻度の異常な多さからもうかがえる。「branch」の語は全パラグラフにわたって満遍なく出ており、その頻度は実に412回に上る。全パラグラフ数が509であるからほぼ殆どのパラグラフに登場すると言ってもよいような頻度であり、多いパラグラフでは(例えば、181、293パラグラフでは)6回も現れる。殊に、III.のDとEの部分では、パラグラフ数257の中で、実に377回も出ており、何と1パラグラフ当たりほぼ1.5回に近い頻度である。

 そして結局、この裁判で争われた争点が何であったのかを一言で言えば、それは<アップルグ ループの中で巨大な売上げと利益が割り当てられているASIとAOEの課税利益は、その物理的存在 の無いこの2社の本社に帰属すると言えるのか、あるいはまた本社の存在が認定できない以上、 物理的存在が認められるアイルランド支店に帰属させるべきなのか>という事に尽きる。

 委員会の立場は、ASIとAOEの巨大な利益は、実体が存在するそのアイルランド支店に帰属する、というものである。そもそも今回の裁判はEU委員会からアイルランドおよびASI、AOEに対して発出された2016年の委員会裁定を不服として、アイルランド、ASI、AOEが原告となって起こされたものである。

 この委員会裁定はアイルランドがASI、AOEとのタックスルーリング(事前税務協定)によって、この2社に対して差別的優遇措置を与えていると認定し、これを取り消し、アイルランドはこのアップルグループの2社から本来の公平な課税ルールに沿った額を追徴するべし、という内容であった。その裁定で命ぜられた1兆5000億円相当という追徴額の巨大さによって一気に世間の耳目を集めたのであるが、この裁定の中で、委員会が指摘した問題は、ASI、AOE に帰属されるとしている大きな課税利益は、その2社が外国法人であるという理由からアイルランドの課税権が及ばないとしているが、その本社の物理的存在が全く認められない以上、この利益は現に物理的に存在している両社のアイルランド支店に帰属させるべきものである、と主張したのである。

 次に、II. Procedure and forms of order sough(進行手続きの過程と形式)およびIV. Costs (訴 訟費用の負担)の2部は、ほとんど形式的な内容で、特別な検討は不要と思われる。したがって、この後、詳細な検討が必要なのは、当然ながら、III. Law(審理)である。そして、この判決文全72ページ中、43ページ(p.15~67)を占めるIII. Law(審理)の部分では、議論は委員会がその主張の論拠として示している以下の3つの論点を巡って展開されている。

1)主要な論拠(primary line of reasoning) 

2)補助的論拠(subsidiary line of reasoning) 

3)追加的論拠(alternative line of reasoning)

1)は「ASIとAOEに保有されているIPライセンスからの利益をアイルランド支店に帰属させなかった結果としての差別的優遇措置」(Par. 37~41)

2)は「ASIとAOEのアイルランド支店に利益を帰属させる方法が不適切だったことによる差別的優 遇措置」(Par. 41)

3)は「基準的枠組みからの逸脱の結果としての差別的優遇措置は、たとえその枠組みが係争中 のタックス・ルーリングによって総合税法97の第25節のみから成っていても、それは独立企業原 則に反するものである」(Par. 42)

となっている。しかし、それは基本的に「ASIとAOEに保有されているアップルグループのIPライ センスからの利益のアイルランド支店への帰属」問題なのである。

III. Law(審理)は、さらにAからFの6つのパートからなっているが、A、B、Cのパートは主として手続き上の問題が扱われており、議論の中心はDからFのパートになる。そして、結局、

 Dのパート(Par.125~314)はその1)主要な論拠(primary line of reasoning)に

 Eのパート(Par.315~481)はその2)補助的論拠(subsidiary line of reasoning)に、

 Fのパート(Par.482~504)はその3)追加的論拠(alternative line of reasoning)に

関わる論議なのである。

 その議論の展開を追い、その論争の経緯を要約すれば、こんな形になるだろうか・・・

 まず、EU委員会は、「公平に開かれた自由な競争市場の形成」という錦の御旗を掲げてEU機能条約107(1)項の<加盟国によって又は加盟国の施設等を用いてその他のいかなる形態によるものであるかを問わずおこなわれる支援であって、特定の事業者又は特定の商品若しくは役務の生産を優遇することにより競争を歪曲し又は歪曲のおそれをもたらすものは、加盟国間の取引に影響を与える場合には、域内市場の理念に合致しない>という「107(1)TFEU」(III-D31回を中心に43回出現)を前面に押し出し、「国家補助( State Aid )の禁止」という大命題(主にIII-Cに9、Iに6、等計26回 出現)を中心に、「独立企業の原則(arm’s length 主にIII-D37、III-E 23 を中心に82回出現)」や「OECD承認アプローチ(Authorised OECD Approach 42回出現)」、「OECD移転価格ガイドライン(OECD Transfer Pricing Guidelines 21回出現)等の原則を持ち出して、アイルランドのASI、AOEを攻撃しようとした。つまりEU委員会の主張は、主として、あるべきEUの理論的観点からの理論的攻撃であった。

 一方アイルランド・アップル連合は派手な理論戦の仕掛けには一切乗らず地味な法律論に徹し、アイルランドの国内法である統合税法97(TCA 97)の「我が国における非居住者である企業は、我が国における支店もしくは代理人を通して商取引を行なっていない限り、法人税を課されることはない」という条文に閉じ籠り、「もし支店や代理店を通しての取引をしている場合は、法人税法において定められている条件の例外以外では、それがどこで発生していても、その課税収益に対しては法人税が課される」という条項を逆手に取って<ASI、AOEの現地支店は単なる出張陣地であり、そこに財物は無い>という主張を繰り返すだけであった。

 この第一審の戦いでは、1)、2)、3)の全ての委員会の論拠はこの判決において否認され、アイルランド側の泥臭い法律論作戦が功を奏した形であるが、結局、決め手になったのは、以下のような『委員会の立証責任』を要求する裁判所の判定であった。このような『委員会の立証責任』を求める趣旨の文は、本判決文中、繰り返し現れている。

 例えば、Dのパート中では、

186 ASIとAOEが雇用したスタッフも居らず、それを運営する物理的構築物も存在しないにも関わらずアップルグループのIPライセンスが、アイルランド支店に帰属するとみなされる場合、委員会は<排除的>アプローチによって利益を帰属させたわけであり、これは、統合税法97の第25項とは矛盾する。その主要論拠の中で、委員会は、アイルランドの課 税当局はアップルグループのIPライセンスをその支店に帰属させるべきであり、その結果として、統合税法97の第25節 の元で、ASIとAOEの商取引の利益の全てがそれらの支店の活動から生じていたとみなすべきであると結論づけた時、委員会は、ASIとAOEのアイルランド支店が事実上アップルグループのIPライセンスを支配していたという事を示そうとはしなかった。

243 その主要な論拠において、委員会は、要するに、アップルグループのIPに関わるASIとAOEの利益(それは委員会 の議論によれば二つの会社の全利益の中の相当な部分に当たるのであるが)は、そのIPの管理をしうる従業員をその支 店の他に持っていなかったのであるから、アイルランド支店に帰属させなければならない、と考えたが、しかしながら、そのアイルランド支店がそれらの管理機能を果たしていたという事は実証していないのである。

254 アイルランドとASI、AOEは、要するに委員会が認識しているASI、AOEのアイルランド支店が行なっている活動や 機能は、その経済活動やそれによる利益のほんの一部を表すものであり、いずれにしても、その活動や機能はIPのマー ケティングや開発に関して、何の管理も戦略的意思決定もしていないと主張している。アイルランドとASI、AOEは、むしろ全ての戦略的意思決定、とりわけ製品のデザインや開発に関するものは、クパチーノにおいて決定される全世界的なビジネス戦略にしたがって決められその経営体制を通じて、二つの会社に指示されるものであり、いずれにしてもア イルランド支店の埒外で行われるものであると申し述べている。したがって、アップルグループのIPライセンスをアイ ルランド支店に帰属させる正当な理由は無いのである。

259 まず、委員会が係争中の裁定の事実説明文の289から295において委員会が取った「除外的」方針について、これは 品質管理、研究開発部門とリスク管理機能とを、ただASIとAOEがアイルランド支店以外には従業員を持っていないという理由のみによってASIとAOEのアイルランド支店に帰属させるということも含むのであるが、上記の243と244パラ グラフにおいて表明されている考え方、すなわち、このような手法はアイルランド国内法にも、OECD承認アプローチにも一致していないと述べているのであるが、これを想起する必要がある。委員会は、そのような理由で、これらの機 能がアイルランド支店で実際に行われていた事を示す事に成功していない。

264 さらに加えて、これらの機能とリスクに関して、委員会は、アイルランド支店以外に従業員が居ないことから、ASI とAOEがそのリスクを監視する事は出来なかったであろうことは「明らか」であろう、と述べている。しかしながら、委員会は、問題の支店の社員が実際にそのような機能を果たし、そのリスクを管理したという事を示す何の証拠も提示していない。

267 最後に、上記のパラグラフ261、262に述べられているコスト分担契約について、証拠Bで列挙されている活動やリ クスは、すべて、本質的に、技術的製品の開発において集約されているアップルグループのビジネスモデルの中核における機能であると結論づけることも可能であろう。とりわけ、証拠Bに列挙されているリスクに関しては、このビジネスモデルに本質的な鍵となるリスクと言えるであろう。委員会は、要するに、ASIのアイルランド支店が、南北アメリカ以外の地域でのアップルグループの活動に関連するこれらのすべての機能を果たし、そのリスクを負っていると主張しているが、当該の支店が現実的にその機能を果たし、そのリスクを負っているという事の証拠は示せていないのである。アップルグループの南北アメリカ以外の活動、それはグループの売上高のほぼ60%を占めるのであるが、その点に関する委員会の主張は合理的ではない。

 

271 その支店の平常の活動に関連してのリスク管理については、委員会はただ一つの論点を出しているだけであり、そ の中では、ASIは一人も従業員がいない以上、商業上のリスクを管理したり監視することは出来ないと主張しているだけである。その点については、上記のパラグラフ266を示すだけで十分であろう、つまり、ASIとAOEの支店がそこに帰属されうるような機能を行使し、リスクを負担していたという事を、特定の証拠をもって証明すべきなのは、委員会の方であるとしている。結論的に言えば、委員会の論議は、明確な結果につながるとは言えず、その種の機能がASIの支店 によって実際に行われていたと証明するには不十分である。

 また、Eのパートでは、

361 この点に関して、上記のパラグラフ259において、主要な論拠の評価に関して説明されている考え方、すなわち、それに従えば、「除外」アプローチを使っての、支店機能から、さらに利益の割り当てを行う事は、その分析がそれらの機能が実際にアイルランドの支店によって行われた事を示す事が出来ない以上、アイルランド法にもOECD承認アプ ローチにも沿っていないという事を念頭に置かなくてはならない。

447さらに加えて、とりわけASIに関しては、委員会はその論拠をアイルランドの支店がアップルグループの活動に関連 した非常に重要なリスクを負担している事に置いている。しかしながら、上記のパラグラフ407に示されている結論に も見られるように、委員会は、それらのリスクが実際にASIのアイルランド支店によって負担されていた事を証明するの に成功しなかった。

471 次に、補助的論拠に関して委員会によって行われた分析も基本的にASIのアイルランド支店によって行われた機能は 複雑な性格のものであり、アップルブランドの、したがってASIの業務活動の成功のために決定的であるという前提を元 にしている。さらに、委員会によれば、その支店はASIの活動に関連して重要なリスクを負担してきた。しかしながら、 パラグラフ348と407において結論づけられたように、委員会は、ASIのアイルランド支店が複雑な機能を果たし、それ らの重要なリスクを負担しているということを示すのに成功しなかった。

 このような、言わば空中戦と地上戦という構図での論争を続ける限り、この裁判の決着の方向性 は変わらないであろう。実際、このEU普通裁判所での第一審の敗訴を受けて、EU委員会は、上 級裁判所であるEU司法裁判所に控訴した。その控訴にあたっての控訴理由が発表されている。 その内容からEU委員会としての考え方や姿勢はよく分かるが、それはEU全体の立場からの一種 の政治的主張が中心となっている。

3.EU委員会の上訴とその理由声明

アイルランドにおけるアップル社の税的国家補助に対する普通裁判所の判決に対する上訴に関する副委員長 Margrethe Vestagerからの声明(2020年9月25日)

 「ヨーロッパ委員会は、アイルランドが差別的優遇税制によってアップル社に対し違法な国家補助を与えたとする2016年付けの委員会裁定を否認した2020年7月の普通裁判所の判決に関して、ヨーロッパ司法裁判所に控訴することを決定した。

 普通裁判所の判決は、租税計画の事例に対する国家補助の規定を適用する際の委員会と関連する重要な法的問題を生じさせた。委員会はまた、普通裁判所がその判決において多くの法的間違いを犯したと申し上げたい。このような理由により、委員会はこの事案をヨーロッパ司法裁判所に提訴する。

 全ての企業がその大小に関わらず適正な税を負担すると言う事が委員会にとって最も重視するべき事であることは変わりがない、と念の為申し上げたい。普通裁判所は加盟国はその税法によって課税を決定する権限を有してはいるが、国家補助規制を含めEU法においても同様であると繰り返し確認している。もし、加盟諸国が特定の多国籍企業に対し、そ の競合企業に与えられない優遇措置を与えるならば、これはヨーロッパ連合において、国家補助規制に違反して公正な 競争を妨げることになる。

 我々は企業が公正な税負担をすることを求めて、取り得るあらゆる手段を取り続ける。さもなければ、市民と公共財産から、より必要とされる投資、すなわち現在ヨーロッパの経済的回復のために切実に必要とされる資金が奪われることになってしまう。我々は、抜け道に対して適正な法的規制をし、透明性を高めるための努力を続ける必要がある。したがって我々にはさらなる課題があり、デジタル分野も含め、あらゆる事業が適正に担うべき公正な税負担をする事も、その一部である。」

(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/STATEMENT_20_1746 )

 しかしながら、このEU委員会の主張は、EU普通裁判所の判決で認められたアイルランド・アッ プルの主張とは全く噛み合っておらず、

>我々は抜け道に対して適正な法的規制をし、透明性を高めるための努力を続ける必要がある。

と言いながら、具体的にどのような法的論理によって原告側の主張を崩すのかについては、ほとんど無策に見える。このようなEUの政治的立場からのみの理論戦では、EU委員会は原告の主張の議論を崩すことは出来ないのではないだろうか。

4.この判決文についての私見

 普通の社会人的常識感覚では、むしろEU委員会の主張は現在のEUの経済的状況から考えて妥当 なものではないかと思われる。ただ、ASIやAOEの本社的実態が無いから『排除の論理』によって 自動的にASIとAOEの売上げと課税利益はそのアイルランド支店に帰属するとみなすべきだという 論理はやや乱暴で飛躍があり、その論理的粗雑さに付け込まれた事がこの裁判の敗北を招いた原 因ではないかと思われる。

 どのような知的分野でもよくある事であるが、従来と全く異質の現象が現れた時これまでの概念 や手法や取り組み方に囚われず、一旦目先の細部へのこだわりを捨てて素朴な感覚と大きな視野 から問題を捉えなおす事が新しい取り組み方や概念を生み出し新しい解決に導く事がある。今回の問題を素朴な感覚で見直すと、アイルランドで設立されたと言いながら本社としての物理的実体も全く存在せず雇用されている従業員も居ないまさにペーパーカンパニーそのもののASIとAOEにアップルグループの無形資産(IPライセンス)の大きな部分が帰属されるという事、さらに、そこから生まれる巨大な利益に対しては、アイルランドに居住していない外国法人として課税を逃れるという手法の不自然さが際立って感じられる。このようなスキームは明らかに意図的、作為的なものであり、巧妙で大規模な租税回避とも見える。したがって、法人の課税的居住性 (tax residency)の問題、そして、実体が全く無いペーパーカンパニーに、これまた実体の無い(intangible)無形資産(IP licences )を恣意的に割り当てるという手法が社会的に許されるのか、という視点から問題を整理、追求するべきではないだろうか、というのが、私の素朴な感想である。

 法人の課税的居住性や無国籍性(stateless)という事に関しては、III.審理のA.のパートにこれに触れた記述がある。

120 第3に、ASIとAOEが課税的居住という面では無国籍であるという言明については、とりわけ事実説明文の52、276、277と278において、委員会は、ASIとAOEが文書上以外ではアイルランド以外の地に存在していないという結論を導くためにASIとAOEが課税的居住に関しては無国籍であるとみなしているという事実を強調している事に着目するべきである。

121 しかしながら、委員会が本係争中の裁定において、ASIとAOEが課税居住面において無国籍であると述べたという事実は、その結論が差別的優遇が存在したという事に基づくものとは言えない。

122 このような状況下において、上記のパラグラフ119に述べられているのと同じ理由により、委員会がASI とAOEが税務上の居住性という意味では無国籍であるとみなすことにより、その権限を越えていたということに関し、アイルランド、ASI、AOEによる申し立ては無効であるとして無視されなければならない。

 しかしながら、この問題に関しては、論争は発展せず、議論は全く行われていない。むしろ、問 題として議論すべきはこのテーマであって、ここで委員会は重大な隠れた論点を見逃してしまった のではないか、との思いもする。矢内氏の同じ論文によれば「AOIは、2009年から2013年の間 に、300億ドルの所得がありながら、非居住法人として申告もせず、5年間いずれの国にも納税し ていない」と言う。そんな理不尽で無法な状況が放置されているとは驚く他はない。ただ、この 問題は逆に個々の国家レベルや国家の集合体としてのEUを飛び越え世界市民的立場から考えるべき対象であって、あくまでEU内の法制の中で考え行動するしかないEU委員会の思考の埒外だったのかもしれないが。しかし、山本守之氏によれば、これまで納税問題から逃げ回っていた感のあるIT大手企業が最近相次いで我が国での納税に応じる姿勢を見せ始めているようである。これはやはりこれらの企業の社会的責任としての納税についての各国の市民からの厳しい視線を感じ始めているのかもしれない。にしても、これらの多国籍企業グループの課税問題についての基本 的理論やそれに対応する政策論が余りにも追いついていないのではないか、と感じられる。

 一方、IP licencesについては、全文中に44回現れており、IPのみでは296回も出現している。 いずれにしても、この無形資産としてのIP licences の問題が重要なポイントの一つであることは 確かである。今後、この問題の視点から検討を進めていきたいと思う。

 以下のページに判決文の第一部の10ページ分の和訳を掲載する。なおこの判決文全体に言える事 であるが、コンテンツの構成が非常に複雑で何重もの深い階層構造をしており現在対象にしてい るのがその階層のどの部分に当たるのかが分からなくなり、「ここはどこ?(Where am I ?)」状態になる事が多い。そこで、先に、この第一部に関する「目次」の和訳を付けておいた。

I. 紛争の背景

 A. アップルグループの歴史

  1. アップルグループ

  2. ASI と AOE

    (a) 企業の構成

    (b) コスト分担契約

    (c) マーケティング=サービスの契約
 

  3. アイルランド支店

 B. 紛争中のタックスルーリング

  1. 1991年のタックスルーリング

    (a) AOEの前身であるACLの課税範囲

    (b) ASIの前身であるACLの課税範囲
 

  2. 2007年のタックスルーリング

 C. 委員会までの行政手続き

 D. 係争中の裁定

  1. 差別的優遇措置の存在

    (a) 参照対象の枠組み
 

    (b) 独立企業の原則

    (c) ASIとAOEによって保有されているIPライセンスからの利益をアイルランド支店に帰属させなかった事による差別的優遇措置 (主要な論拠)

    (d) ASIとAOEの利益をアイルランド支店に帰属させる方法が不適切であった事による差別的優遇措置 (補助的論拠)

    (e) たとえその枠組みが総合税法97の第25節のみを基にしても、独立企業原則に反する係争中のタックス・ルーリングによって 参照対象の枠組みから逸脱した結果として生じた差別的優遇措置 (追加的論拠)

    (f) 差別的優遇措置に関する結論

  2. 国家補助の不適切性、違法性とその回復 

  3. 法的効果

   ( II. 司法手続きの過程と形式 )

   ( III. 審理 )

   ( IV. 訴訟費用の負担 )

判 決

I.係争の背景

A.アップルグループの歴史

1. アップルグループ

 1 1976年に設立され、(米国)カルフォルニア州、クパチーノを拠点とするアップルグループは、 アップル社と同社が支配する諸企業とから成る(「アップルグループ」と総称する)。アップルグ ループは、主として移動通信機器や情報端末、パーソナルコンピュータ、携帯デジタル音楽端末 を設計、製造、販売をし、ソフトウェアその他のサービス、ネットワーク関連サービスやサード パーティ製のデジタル=コンテンツやアプリケーションも販売している。アップルグループは自社 の製品を直営店やオンラインショップのみならず、サードパーティの携帯電話ショップや大卸し、仲卸し、小卸しを通じても、全世界規模で、個人消費者、企業、政府機関など向けに販売している。アップルグループの世界的ビジネスは、アメリカ合衆国のクパチーノを本拠とする役員によって集中的に構築され指揮されている。

 2. アップル社に対してアイルランドが行った国家補助  SA38373(3014/C)(ex 2014/NN)(ex 2014/ CP)に対する2016年8月30日付の2017/1283のEU委員会の裁定(本係争の裁定)はアップルグルー プを構成する2企業に関連してアイルランド課税当局によって取られた二つのタックスルーリン グ(事前課税協定)に関するものである。

2. ASIとAOE    

(a)企業構成

 3 アップルグループ内において、アップル=オペレーション=インターナショナル社は、アップル 社の完全子会社である。アップル=オペレーション=インターナショナルは、アップル=オペレーション=ヨーロッパ(AOE)を完全子会社として所有しており、さらに、このAOEはアップル=セールス=インターナショナル(ASI)を子会社として所有している。ASIとAOEは共にアイルランドで設立された会社であるが、アイルランドにおいて納税義務を持つ居住者ではない。

 4 係争中の裁定の事実説明文中113から115に述べられているように、AOEとASIの取締役会のメ ンバーの相当数はアップル社に雇用された役員でありクパチーノに居住している。ASIとAOEの役 員会や年次総会からの議事録や種々の決裁が裁定の事実説明文の115(表4と5)に掲示されている。それほどの頻度ではないが、これらの決裁は子会社の設立や特定の役員が銀行交渉、政府や その他の公的役所との交渉、監査、保険、賃貸、資産類の購入や売却、商品の搬送や商業契約などを行う権限を委ねることに関わっている。

(b)経費分担契約

 5 アップル社とASIおよびAOE社は双方で、一つのコスト分担契約(問題のコスト分担契約)を結んでいる。当該の分担コストはとりわけアップルグループの製品に注がれた研究開発(R&D)費に関わるものである。最初のコスト分担契約は、1980年12月に契約された。この契約の当事者はApple Inc.(後にApple Computer Inc.)とAOE(後にApple Computer Ltd (ACL))である。1999年にASI(後にApple Computer International)がこの契約に参加した。係争中の裁定に関連する調査に関わる期間中、特に適用される規制の枠組みの変化を考慮に入れるため、このコスト分担契約には様々な修正条項が加えられて来た。

 6 この契約のもと、関係各社はアップルグループの製品やサービスに関連して開発後のR&Dに関連するコストとリスクを分担し合うことに合意した。関係各社はまた アップル社がアップルグループの知的資産(IP)の権利を含むコスト分担された無形資産の公的な法律上の所有者であり続ける事でも合意した。さらに加えて、アップル社はASIに対して、彼らに割り当てられて来た地域つまり南北アメリカ以外の世界で特に製品を製造販売することを可能にする使用料免除実施権を与えた。さらにまた本契約に関わる各社は、この契約から生ずるリスク、主たるリスクはアップルグループのIPに関わる開発経費を支払う義務であるが、これを負担する事が求められる。

(c)マーケティング=サービス契約

 7 2008年、ASIはApple Inc. とマーケティング=サービスに関する契約をし、この契約では、Apple Inc. は、ASIに対し、販売戦略やプログラム、広告宣伝の作成、展開、完成を含むマーケティング=サービス業務をASIに提供することを引き受けた。ASIはこれらのサービスに対し、アップル社において発生した合理的なコストの一定比率に相当する料金に割り増した分を支払うことを了承する。

3. アイルランド支店

 8 ASIとAOEはアイルランド支店を設立した。AOEはまたシンガポールにも支店を置いていた が、2009年に廃止している。

 9 ASIのアイルランド支店は、主として、ヨーロッパ、中東、インド、アフリカ地域(EMAIA)とアジア太平洋地域(APEC)における調達業務およびアップル・ブランドの製品の関連会社や第三者の会社への販売に関わる販売、配送活動の任に当たっている。この支店の中核的な機能は、第三者的製造企業および関連企業からアップル・ブランドで製造された最終製品を調達し、EMEIおよびAPAC地域の関連企業への製品の販売に関わる配送業務やEMEIA地域の第三者的顧客企業への製品販売、オンライン販売、配送業務と販売後のサービス提供等である。EU委員会は、(係争中の裁定の事実説明文55において)EMEIA地域における製品提供業務の多くがサービス契約を 元に関連企業によって行われていたと述べている。

 10 AOEアイルランド支店は、iMac 、ラップトップ型のMacBookやその他のコンピュータ関連製 品などのようなコンピュータの特定専門分野の製品をアイルランドにおいて製造し組み立てる業 務を担当しており、これらの製品はEMEIA地域の関連会社に供給されている。この支店の中核的 機能は、生産計画と日程管理、工程管理技術、生産と実行、品質の確認と管理、修理回収業務などである

B. 係争中のタックス・ルーリング

 11 アイルランドの課税当局は、これを求める特定の納税者に対しては、「タックス・ルーリング (tax ruling)」と言われる事前税務裁定制度を採用している。1991年1月29日および2007年3月 23日付けの書簡(一括して「係争中のタックス・ルーリング」と呼ぶ)によって、アイルランド の課税当局はアイルランドにおけるASIとAOEの課税利益に関して、アップル=グループの代表者 から出された提案との合意を認めた。これらの裁定は、係争中の裁定中の事実説明文59および62 に説明されている。

1. 1991年のタックス・ルーリング

(a)AOEの前身であるACL(Apple Computer Ltd.)の課税基準

 12 アップルグループの税務顧問は、1990年10月12日付けのアイルランド課税当局に対する書簡において、コーク(アイルランド)に設立されたアイルランド支店の役割を示して、アイルランドにおけるACLの事業について説明している。さらにこの支店は製造活動に関わる資産の所有者であるが、AOEは使用される原材料や仕掛品、完成製品はAOEの所有であると説明している。

 13 1991年1月16日付のアップルグループ代理人からアイルランドの課税当局への書簡、および 1991年1月24日の課税当局側からの返信に続く1991年1月29日の書簡において、課税当局はアッ プルグループから提示された条件を以下の通り承認している。したがって、アイルランドの課税当 局により承認された条件に従って、ACLのアイルランド支店からの収入に関して、その課税利益 は以下の条件を元に計算されたのである。

ー 支店の運営経費の65%は年間の一定の[非公開]額まで、そして、その[非公開]額を超えた部分の20%は算定される 

ー もしACLのアイルランド支店の総利益が上記の公式から算出される数値より小さい場合、その小さい数値をこの支店の純利益を決定するものとする 

ー 上記の計算として考慮される運営経費には、アップルグループの子会社から請求される無形資産に対する経費分担および再販売用原材料費を除く全ての運営経費が含まれる 

ー 減価償却の計上も、それが関連する勘定項目で計算される償却額の[非公開]額を超えない限り算定可能である。

(b)ASIの前身であるACALの課税基準

 14 1991年1月2日付の書簡で、アップルグループの税務顧問は、アイルランドの課税当局にApple Computer Accessories Ltd (ACAL) という会社の存在を通知し、そのアイルランド支店がアイル ランドからの輸出に向けられる製品の調達を担うと伝えられた。

 15 1991年1月16日にアップルグループの代理人はアイルランドの課税当局に書簡を送り、1991年1月3日にACAL社の課税利益に関してそのグループと課税当局との会合によって結論を得た合意条 件をまとめて伝えた。この書簡によれば、この支店の利益の計算は、(再販用の原材料を除き) 運営経費の12.5%の利幅を元になされる。

 16 1991年1月29日の書簡において、課税当局は、1991年1月16日の書簡で表明された合意条件を認めている。

2. 2007年のタックス・ルーリング 

 17 2007年5月16日のアイルランド課税当局宛の書簡において、アップルグループの税務顧問はASI およびAOEのアイルランド支店の課税基準を決定する方法の改編する提案をまとめて伝えた。

 18 ASIのアイルランド支店(ACALの後継であったApple Computer International の後継組織)に関して、アップルグループ内の子会社からの請求書の総額や原材料費などの経費を除いて、この支店に帰属させられる課税利益をその運営経費の[非公開]分に比例させるという提案がなされた。

 19 AOEのアイルランド支店に関しては、その課税利益は一方でアップルグループ内の子会社からの請求額や原材料費を除き、支店の運営経費の[非公開]額に応じた額に比例するが、他方、この支店で開発された製造工程技術に対する報酬に対応する額、すなわちこの支店の総売上額の[非公開額]に比例する。「通常の方法で計算され許容される」工場や建物の減価償却費も経費として控 除される。

 20 2007年10月1日から両社に対する今後の合意条件が効力を発すること、そして、もし状況に変 化が無ければ、この条件は5年間適用されること、したがって、年度ごとの基準に基づいて更新されることが提議された。さらにまた、この合意は、アップルグループ内において、どのような新たな法人が作られ編成されても、その活動がAOEによって行われる事業、つまり、アイルランドにおける生産活動、そしてASLによって行われる販売やサービス等、生産活動に関連しない事業に相応する場合は、この合意が適用されると述べられている。

 21 2007年5月23日の書簡により、アイルランド課税当局は、2007年5月16日の書簡において取り 決められた全ての提議の合意を承認した。この合意は、2014年課税年度まで適用される。

C. EU委員会裁定までの審理手続き 

 22 2013年6月12日の書簡によって、EU委員会は、アイルランドに対して、その領域内でのタックス・ルーリングに関わる情報、とりわけASIおよびAOEを含むアップルグループ内の特定企業に対して認可されたタックス・ルーリングについての情報を提供することを求めた。

 23 2014年6月11日の決定により、EU委員会は、アイルランド課税当局がASIとAOEのアイルランド支店に 課した課税利益に関して、この係争中のタックス・ルーリングがEU機能条約第107条第1項の目的を持った国家補助に当たる可能性があるとして、EU機能条約の108(2)条項(開始決定)に基づき公式な調査を開始 した。EU委員会によれば、係争中のタックス・ルーリングは、それが独立したマーケット当事者同士で行われた場合の条件(独立企業の原則)から乖離した移転価格で行われるという優遇措置が取られた可能性があるとされた。この裁定は、2014年10月17日付けの公式広報で発表された。

 24 2014年9月5日および2014年11月17日付けの書簡で、アイルランドとアップル社はこの開始決定に関し、 それぞれの立場からの見解を述べた。

 25 公的な調査期間中にEU委員会とアイルランド課税当局、アップル社との間で何度かの意見交換と会合が 持たれた(係争中の裁定の事実説明文11から38)。さらに加えて、アップル社とアイルランドはASIとAOE のアイルランド支店への利益配分について、それぞれの税務顧問が作成したそれぞれ二つの臨時報告書を提出した。

D. 係争中の裁定

 26 2016年8月30日にEU委員会は、係争中の裁定を出した。事実および法的な背景を述べ(第2節)、審理 手続き(第3~7節)を述べた後、EU委員会は、補助の存在の分析(第8節)に焦点を当てた。

 27 まず第一に、EU委員会はこの係争中のタックス・ルーリングはアイルランドの税務当局によって認可されたものであり、したがって国家による措置であると述べている。これらのルーリングによってASIとAOE の租税負担額の軽減がなされた分、アイルランドの税収は減り、その事が国家資産の減少をもたらしたのである。(係争中の裁定の事実説明文221)

 28 第二に、ASIとAOEはアップルグループの一員であり、(EUの)全ての国で事業を行なっている以上、この係争中のタックス・ルーリングはEU域内の商取引に影響を及ぼしている。(係争中の裁定の事実説明文222)

 29 第3に、この係争中のタックス・ルーリングによって、アイルランドへの法人税の納付に関して、ASIと AOEの課税条件が引き下げられたわけであるから、この二つの企業に優遇措置がなされたことになる。(係 争中の裁定の事実説明文223)

 30 さらに加えて、EU委員会によれば、本係争中の課税基準はASIとAOEに対してのみ設定されたのであるから、これは本質的に差別的であると思われる。しかしながら、EU委員会は、議論をより完璧にするため に、本係争中のタックス・ルーリングは、基準的枠組み、すなわちアイルランドにおける通常の法人税制を毀損したと論じた(係争中の裁定の事実説明文224)。

 31 第4に、本係争中のタックス・ルーリングがASIとAOEの租税負担の額を軽減をもたらすとすれば、このようなタックス・ルーリングはこれら二社の競争的地位を有利にし、結果的に公正な競争を失わせ脅かすものである(係争中の裁定の事実説明文222)

1. 差別的優遇措置の存在 

 32 係争中の裁定の8.2節において、EU委員会は、本例において差別的優遇措置が存在することを 証明するために判例法から3段階の分析を導いている。つまり、まず最初に、基準的枠組みを明らかにし、本例で独立企業原則を適用すべき根拠を明らかにしている。次に、基準的枠組みからの乖離より生ずる差別的優遇の有無を検証している。つまり、EU委員会は、主要な論拠、補助的論拠、追加的論拠から、本係争中のタックス・ルーリングは、ASIとAOEがこれらの裁定が有効になった時期、すなわち1991年から2014年までの期間(対象期間)中、アイルランドにおいて負担すべき税額を削減することが可能になり、このことによって同様の状況にある他の企業に対する有利さとなったとみなしたのである。最終的に、EU委員会は、アイルランドもアップル社もこの差別的有利さを正当化しうる論拠は示せなかったと述べている。

(a) 参照対象の枠組み

 33 本係争中裁定の事実説明文227から243において、EU委員会の見解は、基準的枠組みはアイルランドにおける法人所得に対する通常の課税制度から構成されており、その目的はアイルランドにおいて納税すべき全ての企業の収益に対して課税されるという事である。その目的から考えれば、グループ企業も単独企業も実態と法的状況において同等でなければならないとEU委員会は考えている。したがって、1997年の総合税法(以下、「統合税法97」)の第25節は、非居住者である企業のアイルランドで活動している支店の直接的および間接的事業収益の課税関係を律しているのであるが、それは、基準的枠組みの不可分な一部と見るべきであり、別個の基準的枠組みと見られるべきではないと考えている。

(b) 独立企業原則

 34 本係争中の裁定の事実説明文244から263において、EU委員会は、総合税法97の第25節によ り、その意図された趣旨から考えて、その規定は利益分割法に基づいて適用されるべきであると述べている。その点においては、EU機能条約第107条第1項では、関係加盟国がその国内法において、独立企業原則を導入しているかどうかに関わらず、独立企業原則に基づいた利益分割法に基づかなければならないことに留意すべきであるとしている。EU委員会は、この計算を2つの前提に基づいて行う。まず第一に、加盟国が採用するどんな方法も国家補助に関する規則に違反するものであってはならない事を銘記すべきである。次に、2006年6月22日付のベルギーとフォーラム 187 対 EU委員会との裁定(C-182/03およびC-217/03, EU:C:2006:416)にしたがうべきである。すなわち、納税者が自由な競争状況下で請求する価格とは異なる企業グループ内での移転価格を適用することによって税額の縮減をもたらす場合、それは納税者にとってEU機能条約第107条第1項の目的を持った差別的優遇措置とされるべきである。

 35 以上のように、EU委員会は、2006年6月22日付のベルギーとフォーラム187 対 EU委員会と の裁定(C-182/03およびC-217/03, EU:C:2006:416)に基づき、独立企業原則は統合企業がその移転価格決定と課税基準を決定する税制度の結果として、EU機能条約第107条第1項の目的を持った差別的優遇措置を受けているかどうかを確認する判断基準をなすと主張している。この原則は、租税的観点から、企業グループ内での取引がグループ化されていない単独企業との間で行われるのと同様な形で行われ、同じ実態と法的立場にある企業間での不平等な扱いを避け、全ての企業の収益に対して、行政的管理下で課税される、というこのシステムの目的に関して確認することが意図されている。

 36 経済協力開発機構(OECD)の枠組み内で開発された指針に関して、EU委員会は利益配分法と移転価格税制が市場の環境に沿った結果を算出させるため、課税当局には極めて有用なガイドである事を指摘している。

 (c)ASIとAOEに保有されているIPライセンスからの利益をアイルランド支店に帰属させなかった結果としての差別的優遇措置(主要な論拠)

 37 まず最初に、係争中の裁定の事実説明文265から321において、EU委員会は、アイルランドの課税当局が紛争中のタックス・ルーリングにおいて、ASIおよびAOEが保有するアップルグループのIP権がアイルランド国外に配分されるという前提が、独立企業原則に沿った市場基準での収益 の信頼しうる数値から乖離した課税利益をASIおよびAOEにもたらすことをアイルランドの課税当 局が受け入れたと指摘している。

 38 要するに、EU委員会は、北米および南米以外の地域でのアップルグループの製品の調達、製 造、販売、流通に関して、ASIおよびAOEが保有しているIPライセンス、すなわち「アップル IP ライセンス」と呼ばれるものが、この2社の収益に大きく貢献していると考えている。

 39 以上のように、EU委員会は、ASIとAOEの本部が物理的実態や従業員も不在であるのに、アイルランドの課税当局が、その本部に資産、機能やリスクを帰属させてきたことは不当であると批判している。殊に、IPライセンスに関連した機能に関しては、EU委員会は、委員会に提出された議事録でも、その点に関する議論や決定への言及が無いことが示すように、スタッフも居ないASIとAOEの取締役会がこのような機能を果たしたことはありえないと主張している。したがって、委員会によれば、ASIとAOEの本部がアップルグループのIPライセンスを支配したり、管理したり出来ていない以上、独立企業原則によって、これらの本部にそのライセンスを使用しての利益を帰属されるべきではない。よって、ASIとAOEの経済活動に決定的に重要であったアップルグループのIPに関する機能を行使しえたのはASIとAOEだったのであるから、この利益はASIとAOEの支店に帰属させられるべきであると言うことになる。

 40 結果的に、アイルランドの課税当局はアップルグループのIPからの利益をASIとAOEの支店に帰属させず、その事により独立企業原則に反する行為によってEU機能条約第107条第1項の対象である優遇、すなわち各企業の年間の課税利益を縮減することにより、ASIとAOEに対し優遇措置を与えたのである。委員会によれば、この優遇措置は、課税利益がマーケットの独立企業原則に よって交渉される価格に依存する非グループ会社と比較して、ASIとAOEのアイルランドにおける 租税負担を軽減することから、差別的な性格を有している。

(d)ASIとAOEの利益をアイルランド支店に帰属させる方法が不適切だったことによる
差別的優遇措置(補助的論拠)

 41 補助的議論として、係争中の裁定の事実説明の325から360において、委員会は、もし仮にアイルランドの課税当局がASIとAOEが保有しているアップル社の IPライセンスがアイルランド国外に帰属すると言う仮定を受け入れた事が正当だとしても、係争中のタックス・ルーリングによって承認された利益の帰属法は、それでもなお独立企業原則に沿った市場基準からの信頼しうる推定値から乖離した年間課税利益をアイルランドのASIとAOEにもたらしている。委員会によれば、その方法は不適切な方法論の選択によるものであり、そのことによりASIとAOEの税額は縮減されており、市場における独立企業原則の下での交渉による価格により決定されている非グループ企業の課税利益との比較により支払われなければならない。したがって、委員会によれば、本係争 中のタックス・ルーリングは上記の方法の検証から、EU機能条約第107条第1項に相当するASIとAOEに対する差別的優遇措置を与えたものである。

(e) たとえその枠組みが総合税法97の第25節のみから成り立っていても、独立企業原則 に反する係争中のタックス・ルーリングによって、基準的枠組みから逸脱した結果として生じた差別的優遇措置 (追加的論拠)

42 係争中の裁定の事実説明の369から403において、委員会は、もし仮に基準的枠組みが総合税法 97の第第25節だけであっても、本係争中のタックス・ルーリングは、アイルランドにおける課税 範囲の縮減という形でASIとAOEに差別的優遇措置を与えてきたと論じている。まず委員会はアイ ルランドにおける総合税法97の第25節の適用は独立企業原則に基づくものだと述べている。しかしながら、このケースでは委員会は係争中のタックス・ルーリングは独立企業原則に沿った市場 基準の信頼しうる推定値とはかけ離れている事を示し、この事によってASIとAOEに経済的優遇措 置を与えたと述べている。第2に、そしていずれにしても、もし仮に総合税法97の第25節の適用が独立企業原則に基づいていないと考えられる場合であっても本係争中のタックス・ルーリング はアイルランドの税務当局の恣意的な基準によっており、アイルランドの税制度の客観的な基準 に基づいておらず、その結果ASIとAOEに差別的優遇措置を与えた、と委員会は主張する。

(f )差別的優遇措置についての結論

 43 委員会は、本タックス・ルーリングは、通常ならその事業活動において負担を求められたであろうASIとAOEの負担を軽減するものであり、したがってこのタックス・ルーリングはこの2企業に事業上の優遇措置を与えたものとみなされなければならない、と結論づけた。しかしながら、ASIとAOEは多国籍企業であるアップルグループの一員であり、そのグループは判例法の趣旨から は単一の経済単位とみなされなければならない以上、そのグループは全体として本係争中の租税 裁定(本係争中の裁定の8.3節)によってアイルランドから国家補助を得たのであると主張した。

2.補助の不適切性、違法性、その回復

 44 委員会は、この補助行為は、EU機能条約の107(3)(c)条項により、国内市場と適合しておらず、 それは予め想定されていなかったことから、EU機能条約の108(3)条項(本係争中タックス・ルーリングの8.5および9節)に反してなされた違法な国家補助であると述べた。

 45 最後に(係争中の裁定の11節で)委員会は、2003年6月12日から2014年9月27日に渡る期間、 この係争中のタックス・ルーリングによって与えられた補助を回復する事を求めている。回復されるべき額は実際に納付された税額と、もしその裁定が無く、通常の課税制度が適用されていた場合に納付すべきだった額との差額として計算されるべきだと表明している。

 46 アイルランドとアップル社の司法上の手続き期間中の審理手続きの法令違反については、その国家補助に関する調査範囲が開始決定から係争中の裁定が採択されるまでの期間、変化が無かったことから、その権利は最大限に尊重されてきたと委員会は述べている(係争中の裁定の第10節)

3. 法的効果  

47 本係争中の裁定の法的効果に関しては、以下の通りである。

「条項 1

1. 1991年1月29日と2007年5月23日、アイルランドからApple Sales International に対して出されたタックス・ルーリングは後者に対してアイルランドにおいて年間での租税負担を決定するものであったが、EU機能条約第107条第1項の意味において補助に相当する。その補助は条約の108(3)条項に違反し、アイルランドによって違法な形でなされたものであり、国内市場とは矛盾したものである。

2. 1991年1月29日と2007年5月23日、アイルランドからApple Operations Europe International に対して出されたタックス・ルーリングは、後者に対してアイルランドにおいて年間での租税負担を決定するものであったが、EU機能条約第107条第1項の意味において補助に相当する。その補助は条約の108(3)条項に違反し、アイルランドによって違法な形でなされたものであ り、国内市場とは矛盾したものである。

条項 2

1. アイルランドは条項1(1)に記載されている補助をApple Sales International から回収するべきである。

2. アイルランドは条項1(2)に記載されている補助をApple Operations Europe から回収するべきである。

3. 回収される総額には、各社が補助の受益者でなくなった日からその現実的な回収がなされるまでの利息が含まれる。

4. その利息は、規則(EC) の第5章 No 794/2004に従って、複利で計算しなければならない。

条項 3

1. 条項1で示された補助の回収は直ちに実効的に行われなければならない。

2. アイルランドは、この決定がその通知の日付から4ヶ月の間に行われることを保証しなければならない。

条項 4

1. この通知から2ヶ月以内に、アイルランドは補助の正確な額を計算するための方法に関して、  委員会に情報を提出しなければならない。

2. アイルランドは、条項1に示されている補助の回収が完了するまで、この決定を遂行する国内的処理の進行状況を常に委員会に報告しなければならない。委員会からの要請があれば、この決定に応ずるために、既に行われた処理、および計画されている処理について報告しなければならない。

条項 5

この決定は、アイルランドに宛てられたものである。」

参考文献

高久隆太『アイルランドとEUの租税紛争』(泉文堂、2017 )

山川博樹『電子経済課税と移転価格』(中央経済社、2020)

森信茂樹『デジタル経済と税』(日本経済新聞出版社、2019)

大蔵省財政金融研究所編 フィナンシャル・レビュー、143号、

特集『デジタル経済と税制の新しい潮流』(大蔵省印刷局、2020年)

Edouard Fort『EU State Aid and Tax: An Evolutionary Approach』

 ( EUROPEAN TAXATION  September 2017 )

矢内一好『EUのアップル判決の影響』(税務事例 Vol.52 No.11、 2020年11月)

証券税制研究会『企業課税をめぐる最近の展開』(公益財団法人日本証券経済研究所2020年6月)

スコット・ギャラウェイ『GAFA 四騎士が創り変えた世界』(東洋経済新報社、2018)

水野忠恒『大系租税法(第2版)(中央経済社、2018)

 税金を払わぬ巨大企業 日本だけの問題ではないGAFAの法人税逃れ(https://www.google.com/amp/s/www.sankeibiz.jp/business/amp/190810/bsm1908100903001-a.htm

アマゾン、日本に納税へ方針転換 法人税2年で300億円

 (https://news.yahoo.co.jp/articles/583ae5ef03a62a7254f9ca4f2a235d555d5687e4

欧州委、Apple勝利の判決を不服とし上訴~アイルランド節税問題 2020年9月27日 

 ( https://iphone-mania.jp/news-315942

米司法省、グーグルを独占禁止法違反で提訴 2020年10月21日

 ( https://www.bbc.com/japanese/54611584

米、フェイスブックを独禁法違反で提訴 2020年12月10日

 ( https://jp.reuters.com/article/tech-antitrust-facebook-idJPKBN28J2YL

EU委員会のヨーロッパ司法裁判所への控訴理由についての声明

 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/STATEMENT_20_1746