私の海外旅行遍歴

あ〜、気がつくと投稿が半年も空いてしまいました💦生活に特に異常があった訳ではなく、むしろ逆にリアル生活が忙しく充実していて、投稿への意欲が薄れていた感があります。

最近、明石歯科医師会の広報誌に旅行記を書く機会ができ、その原稿をまとめました。それをベースに少し書き足し、写真も増やして、こちらにも投稿したいと思います。(雑誌等の紙媒体では、当然文章の量や写真枚数について厳しい制限がありますが、デジタルでネットで伝える場合は、この制限が全く無くなります。この差は考えるとスゴい事ですね。)

『私の海外旅行遍歴』

 私は歯学部に行く前に大阪外大(現 阪大外国語学部)英語学科を卒業した変わり種です。英語学科で机を並べた同級生たちの多くはもちろん語学が好きで海外雄飛(当時の憧れ気分の言葉)を夢見る若者たちでした。大学での教科は、英語そのものの研修以外にも英米文学、言語学、国際関係論、貿易英語、等々広く浅くですが英語圏の情報全般を学ぶものであり卒業生のほとんどが何らかの形で国際的な業務に関連した分野に進みました。しかし、私は、その卒業1年前に唯一の肉親であった母親の死によって独り切りの状況になったこともあり、人生の方針を考え直し、歯学部への再進学をしました。語学だけでは単なる便利屋になるだろう、やはり、確たる資格を基盤として持った人生を送りたいと思ったのです。

 しかし歯学部生活を送りつつも海外への強い憧れの気持ちは持ち続けており、臨床実習の始まる前年の最後の自由な夏休みに、ついに思い切ってヨーロッパ一か月の旅に出かけました。これが私の初めての海外体験でした。当時は家庭教師のアルバイトを10軒位掛け持ちし大卒初任給程度の収入を確保しており、その時点で貯め込んでいた貯金を全て注ぎ込んでの大冒険ツアーでした。

 最初の2週間はオックスフォードでホームステイしながら語学研修を受け、その後2週間はユーレイルパスと言うヨーロッパの鉄道乗り放題のチケットを使っての自由旅でした。

オックスフォードでの研修仲間たち
ホームステイ先のご夫妻と
週末のロンドン観光で

 オックスフォードからロンドンを経てフェリーで着いたパリの朝の景色の感動は今も覚えています。パリ観光の後、オックスフォードで親しくなったスイス人の友人を訪ねてスイスまで足を伸ばし、ベルギー、オランダを回ってパリに戻ったようです。しかし、インターネットもGoogleも無かったあの時代、どうやってホテルの予約を取ったのか、行程の経路をどうやって調べたのか、今では信じられない思いです。まあ人間、便利な道具が無ければ無いで、どうにかするもんだなぁと思います。  

 そんな初海外体験から、現在まで、多忙な現役時代も、学会だのセミナーだの、国際デンタルショー、専門医試験、等々の名目で、海外に出かけ、ヨーロッパ(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、モナコ、オランダ、ベルギー、スイス)、アメリカ(ハワイ、ニューヨーク、サンフランシスコ、フロリダ)、ニュージーランド、タイ、中国、韓国、台湾等々、海外旅行経験は20回を超します。

 印象に残っている旅行の一つは専門医試験の受験仲間の若手の先生と欧州インプラント学会の参加のため出かけたモナコのセレブな街の光景とその際経由したローマ、フィレンツェ、ナポリの歴史的街並みの重厚な美しさでしょうか。

ローマの巨大なコロッセオ
壮大な規模のバチカン大聖堂
名作映画でも有名なトレビの泉

ローマからモナコまで直行の飛行機は飛んでおらず、ローマからニースへ飛び、ニース〜モナコは人生初のヘリコプターで移動しました。ただ、その友人がモナコの高級ホテルに到着直後に注文した半ナマのタルタルステーキで食当たりし、2日間苦しんだ後、たっての希望でこのセレブの街の寿司屋に行き、目玉の飛び出るような値段に目を白黒させた記憶があります。

ニースからモナコまでのヘリコプター
モナコの高級ホテルのプール
モナコ、モンテカルロの優美な海岸風景
高級車が並ぶモナコのホテル前
モンテカルロラリーコースを疾駆?したミニベンツ
欧州インプラント学会会場前で
グレース王妃記念バラ園前で

 もう一つ忘れ難いのは、滞在中、あの9.11テロの当日、崩壊したツインタワーのすぐ側に居合わせたニューヨークツアーでしょうか。まさにこのツインタワーの中にあるフェリーのチケット売り場に向かうべく乗っていた地下鉄が突然停止し訳のわからないまま地上に出て大きなビル火災の光景に呆然としました。この大火災がテロによって突っ込んだ航空機によるものであった事を知ったのは、午後ホテルに戻ってからでした。それは本当に歴史的な事件の現場に立った、しかし、危機一髪の、衝撃的経験でした。

前日屋上からツインタワーを見ていたエンパイアビル
テロ事件とは知らず大火災の前で呆然と佇む

 また、モナコの時と同じ若手の友人と、ドイツで開かれたIDS(国際デンタルショー)に出かけた時は、宿泊したデュッセルドルフから会場地のケルンまでを借りたレンタカーで、二人でアウトバーンを100km/h以上でぶっ飛ばしていたのに後ろからパッシングで煽られたり、ドイツ語しか喋らないカーナビの案内が分からず、下り口インターを間違え、田園風景の中で迷子になって途方に暮れるトホホな経験をした事もありました。 

ケルンで開かれたIDS{国際デンタルショー)会場前で
デュッセルドルフからケルンまでアウトバーンを飛ばしたベンツ
ケルンの大聖堂の前で

 10年ほど前から息子に診療実務を委ねてから、2018年に兵庫県立大学の大学院に入学し、20代の若者たちと机を並べて、若い日からの夢であった文系文野の研究に取り組み始めました。

 この年の年末年始にもニュージーランドのオークランドに10日間ほどのホームステイの旅で、現地の家庭に泊まり、半日の英語研修と観光を兼ねたツアーをし、悲喜交々の色んな体験をしました。

オークランド美術館

人口比で世界で一番多いというゴルフ場にも出かけ、コースに初デビューもしました。

マウンガカイカイと言う珍しい名のゴルフ場

アイアン一本でコースをぼちぼち歩いていると、後ろからスゴい距離を打ってぐんぐん近づいて来る人に、「ぼくも一人だから一緒に周ろう」と言われ、打ち方やマナーまで熱心に教えてもらったりしました。

コースで知り合った地元のプレイヤーと

しかしその疲れもあったのか、帰国当日の朝、バスに乗り遅れそうになって駆け出した坂道で思い切り転倒し眼鏡をかけた顔面を痛打して、目の周りが腫れ上がる悲惨な目にあったりしました。  

ホームステイした住宅と大転倒した坂道
転倒事故で手当てを受けた病院

 それでも懲りず、コロナ禍の真っ只中の2022年知人のオランダ駐在をきっかけに、オランダ・ベルギー・フランスの20日間の旅をしました。何しろあのコロナ騒動のさなか、日本は半ば鎖国状態で、この20日間、パリのルーブル美術館やベルサイユ宮殿等の定番観光スポットでも人影は少なく、日本人観光客とはただ一人も会わないと言う稀有な旅でした。私の海外旅行では、大小様々なトラブルに見舞われるのが常のようで、この旅でもパリ到着の夜10時頃スーパーに買い物に出かけた帰途、突然スマホの電波が途切れGoogle mapsが使えなくなり迷子になってしまい、偶々通りかかった警察官の手を借りてようやくホテルに辿り着くようなトラブルに遭いました。それを手始めに、ブリュッセル駅の雑踏の中で、2台目の予備のスマホと日本円を入れたセカンドバッグを紛失(置き引きの疑いも)するなどの事件にも遭い、特にパリでのスマホの電波の途絶は致命的な問題でした。翌朝思い余ってパリの日本大使館に駆け込もうと凱旋門前から歩き始めた時、偶々出会った日本人留学生にピンチを救ってもらい大使館に行く必要が無くなりました。その後ホッとして飲んだシャンゼリゼのカフェのコーヒーの味は格別でした。

ルーブル美術館でモナリザを見た証拠写真
日本大使館に向けて歩き出した凱旋門前
意外に周辺が緑豊かだったエッフェル塔
ピンチを脱して一息ついたシャンゼリゼのカフェ

 この20日間ツアーの大トラブルはさすがにこたえ、昨年は人生で2度目の(新婚旅行のハワイ以来)パックツアーでドイツの古城都市巡りをしました。

白亜の名城ノイシュバンシュタイン城
世界遺産のヴィース巡礼教会
中世の面影を残すローテンブルクの街並
フランクフルトのレーマー広場
フランクフルトのグーテンベルグ像

 しかし、お気楽ではあったものの、やはり旅の実感に乏しく、その2ヶ月後ウィーンへの個人旅行をしました。この旅でも色々なトラブルは付きまといました。ウィーン大学の近くで道が分からなくなり、そばのカフェ店員の娘さんに尋ねたところ、丁寧に道案内をしてくれた上、慌てていた私のバッグが開いているのを教えてくれ、さらにガイドブックに挟んでいたメモを落としたのをわざわざ追いかけて来て渡してくれたり、現地の人たちの優しさにも触れる思いがしました。

ウィーン国立オペラ座
ウィーン大学の重厚な建物
王宮庭園内のモーツァルト記念像
世界一美しい図書館と言われるオーストリア国立図書館

 しかし、別の日にはモーツァルト・コンサートの帰り道に市電を降りる停留所を間違え、夜10時を過ぎた夜のウィーンをトボトボと半時間以上歩き汗だくになったりしました。

伝統的な『楽友協会』でのモーツァルトコンサート

 とどめは帰国便の飛行機でした。ホテル近くのウィーン中央駅から、Googleの指示通りの時間、プラットホームに着いた列車に乗ったのに、これが何と空港駅とは逆方向の特急。途中で気がついて引き返したものの、2時間近く時間をロスし飛行機のチェックインの時間に間に合わず搭乗不可となり一瞬頭は真っ白。しかし気を取り直して世界中を飛び回っている例のオランダ駐在の際にも、お世話になった航空宇宙関係のエンジニアの知人の事を思い出し、駐在中だったヒューストンにLINE電話。国際電話の煩わしい手順もなく、朝食中だった知人と奇跡的につながりました。そのアドバイスと協力のお陰で、数時間後の別の便が取れ、結局数時間遅れで関空に到着、無事帰国できたのでした。  

 英語学科時代当時の海外旅行熱から始まった20回を超える海外ツアーの経験を経るにつれて、改めてしみじみ感ずる事は、皮肉にも、我が日本という国のどんな国にも優る素晴らしさです。これほどどこに行っても清潔で、安全で、あらゆる機会に触れる人々の相手の身に沿った優しさに溢れた国は他に無い事を実感します。欧米先進国であっても、近年、移民の増加の影響もあって治安は必ずしも良いとは言えません。どこに居ても、常に油断せず、自分の持ち物や周囲の動き気を張っている必要があります。うっかり物を置き忘れたり、落としたりすれば、それが手元に戻って来る事はまず期待出来ません。治安が行き届き、のんびり、ゆったりと過ごせる我が国の治安の良さは稀有なものである事を思い知らされます。それに世界的な有名な観光地であっても我が国のような隅々までの清潔さは見られません。特に我が国では、どんな所に行ってもトイレのキレイさは、格段の差があります。さらに加えて、欧米でも、ほとんどのトイレが有料なのも、無料でピカピカのトイレが使える我が国との差は気になります。有料と言えばキャッシュレス化の影響もあって昔ほどではないにしても、レストランやホテルのサービスに対するチップの制度も我々にはストレスになります。それに、何より深く感じるのは、あらゆる場面で接する人々の優しさ、相手の身に寄り添う思いやりの心です。さらに言えば、世界中のあらゆるジャンルの料理が美味しく提供される食生活の豊かさ。それらの数々の優れた特質を考える時、我が日本ほど素晴らしい国は本当に他には見当たりません。

日本の代表的歴史建築の金閣寺
日本の代表的高原リゾートにある上高地帝国ホテル

それはまさにチルチルミチルの寓話そのものであり、幸せは他ならぬ自分の足下にある事に気づかされたのが我が海外ツアー遍歴の結果のような気がします。

 しかし、これからも、トラブルにめげず、旅に出ることと思います。実は、4月にも台湾ツアー(3度目)の予定をしています。故宮博物院と九份の街、本場の小籠包、夜市の屋台、等を楽しみにしています。

 また皆様、ご都合が合えば、ご一緒に、海外の旅はいかがですか?ただし海外「トラベル」ではなく、「トラブル」ツアーになるかもしれませんが(笑)。

《私の旅ブログ》

 私が若者たちに混じって兵庫県立大学の大学院に入学したのは、7年前の2018年でした。この年から2年間会計研究科にて会計学全般を学び会計専門修士の学位を頂き、さらに経済学大学院にて主として税務分野を中心に学び、その後も昨年経済学の博士課程に入学し研究を続けています。現在の研究テーマは『デジタル化・ネットワーク化・グローバル化による現代経済の変質』です。

 この大学院生活のスタートに合わせて、ブログ記事を書き始めました。それから7年にわたってコツコツ書き貯めたブログ投稿は、気がつけば150を超えていますが、その半数以上が国内外への旅の記録になっています。お暇な折の時間つぶしにでもお読み頂ければ幸いです。

『シニア院長のブログ』(http://www.matsuga.net/senior_blog/ 『シニア院長』で検索頂ければ、トップに出て来ます。)

また旅の断片的な記録ですがYouTubeにもアップしています(『シニア院長日記』で検索 )

投稿者:

matsuga_senior

《松賀正考》大阪大学外国語学部英語学科、歯学部卒業。明石市で松賀歯科開業。現シニア院長。 兵庫県立大学大学院会計研究科を卒業し会計専門修士。さらに同大大学院経済学研究科修士課程を卒業。その修士論文で国際公共経済学会の優秀論文賞を受賞。現在、博士課程在学中。