企業結合会計における持分プーリング法とパーチェス法について
ー三菱UFJフィナンシャルグループの企業結合を例としてー
会計研究科 会計学専攻
2018年入学 松賀 正考
2020年1月提出
1)はじめに
急速に進展する経済のグローバル化とネットによる世界の一体化に伴い、企業活動の国際的展開は活発化し、国境を越えた様々な企業間での連携、統合の動きも目立っている。このような企業の結合は、もちろん広範で厳密な会計処理手続きに従って行われるのであるが、この処理手続きとその結果としての数値は時として極めて矛盾を孕んだ一般常識とはかけ離れた姿を見せることがある。
例えば、2005年10月に行われた三菱東京フィナンシャル・グループとUFJとの企業結合の例では、その結合の会計処理において、日本の証券取引当局に対しては当時の日本の会計基準に従って、いわゆる持分プーリング法による対等合併の形で処理され報告された。
しかし一方、当時米国ニューヨーク証券市場にも上場していた三菱東京フィナンシャル・グループは、同時にアメリカ証券取引当局に対して、米国会計基準に基づき、三菱東京フィナンシャル・グループがUFJを買収した、と言う形で、いわゆる取得(パーチェス)法に基づいた会計処理を行い、その形での報告を行っていた。
この持分プーリング法とパーチェス法との詳細については後に触れるが、日本基準で行われた会計処理では単に両社の資産・負債が合体されただけのシンプルな処理であったのに対し、米国会計基準に基づく処理では、被買収企業であるUFJの資産・負債の合計に対して買収企業である三菱東京フィナンシャル・グループは、それをかなり大きく上回る対価を払ってUFJを購入取得(パーチェス)した形の会計処理がなされた。このような当時の米国基準であるパーチェス法による会計処理をした結果、結合企業である三菱UFJフィナンシャルグループ(以下、MUFG)の貸借対照表にはUFJの買収時における資産・負債を上回る買収価額の超過分が『のれん』として計上された。
ところが、この企業結合のわずか2年半後の2008年度期末の米国基準での決算においてMUFGは資産の再評価による減損会計処理として巨大な損失を計上する(注 1)。さらに、翌2009年度においてもさらなる減損会計処理による損失を計上する(注 2)。この2期にわたる減損会計処理の結果として、米国基準においてパーチェス法によって企業結合時に計上されていた『のれん』は、ほぼ消失したのである。
そのため、2008年度期の決算においては、持分プーリング法により『のれん』の計上の無かった日本基準の決算では、6,370億円程度の黒字であった(注 3)にもかかわらず、米国会計基準の決算においては、計上していた『のれん』という項目の資産の減損会計によって、5,570億円を超える赤字(注 4)となった。そのため、2008年度においては、日米の決算書で、実に1兆1,940億円もの差異が生じたのである。
さらに、2009年度においても、米国会計基準の決算においては、引き続きの『のれん』の減損等によって、実に1兆4916億円もの巨大な赤字を計上している(注 5)が、日本基準では、同様の赤字ではあるものの、その額は、2569億円にとどまっている(注 6)
そのような状態を引き起こした原因となった企業結合の会計処理の方法には、上記のように、大きく1)持分プーリング法と 2)パーチェス法の二つがあるが、この二つの方法については、米欧等の国際的会計基準においても、我が国の会計基準においても、様々な議論が行われ、その扱いが変遷して来た歴史的経緯がある。そして、ある時期、この企業結合についての会計処理方法を巡る基準の設定が国際的基準と日本基準とにおいて時期的ずれを生じ、このことが上記のケースのような二つの基準に基づく会計処理の結果の大きな矛盾を生ずる原因となったと思われる。
2) 企業結合の会計処理としての「持分プーリング法」と「パーチェス法」
「持分プーリング法」では、企業結合の際、結合に関わる企業同士の立場は対等なものとみなし、各企業の結合時の貸借対照表上の資産・負債を単純に合算したものを新結合企業の貸借対照表とするものである。かつては、国際的基準においても、我が国においても、この持分プーリング法による会計処理が一般的であった時期もあった。
殊に我が国においては、各企業の立場やプライド、従業員間の融和やモラールに配慮して、「建前上の」対等合併の形にこだわる傾向が強かったこともあり、比較的近年まで、この会計処理が普通に行われていた。
また、この方法では、結合した企業の利益剰余金もそのまま結合後の企業に引き継がれる形になる。したがって、新企業の可処分利益が大きくなることとなり、この事が経営者にとっては好都合だったという事情もあった。しかし、逆にこの事が2001年のエンロン事件等の企業不祥事の背景の要因ともなったとされた。
一方、「パーチェス法」では企業結合の実態において、各企業が全く対等の立場で結合されることはほとんどあり得ず、必ず結合を主導する側の企業が他の企業を購入し取得(パーチェス)する形で処理する方法が、より実態に即したものであるとされる。
この二つの方法は、実は、アメリカやEUの欧米の会計基準においても、国際会計基準においても、比較的長期にわたって、並存しており、企業結合の会計処理については、この2つの方法のいずれを選択するかは、各ケースの当事者に任されていた時代が存在した。
このような会計基準の歴史的変遷について、以下の表にまとめてみた。この表にも示した通り、2000年までは国際的基準でも、日本基準でも、持分プーリング法とパーチェス法の両者が並存する形であり、どちらの方法を取るかは、その結合の実態によるものとされていた。
ただし、我が国では、2003年に至るまで、企業結合に関する体系的基準はなく、2003年に企業会計基準委員会から出された「企業結合に係る会計基準」において、初めてその基準が出されたが、この会計基準では、両者の方法が並存しており、企業が選択するものであった。
しかしながら、米国会計基準においては、いち早く2001年から「持分プーリング法」は認められなくなった。さらにまた、国際的な会計基準においても、IFRSでは、2004年に新たな基準が出され、企業結合の会計処理は「パーチェス法」によることに統一された。
その根拠としては、企業結合の実態を厳密に調べる時、持分プーリング法の定義に当てはまるような完全な対等合併というものはあり得ず、関係する企業のうちのいずれかが、この統合による他社の購入取得と見て会計処理をすることが適切であるという考えがある。米国会計基準やIFRSなど国際的会計基準がほぼこの立場で、パーチェス法での処理のみを認める方向になって来たことから、比較的最近まで、例外的ケース等として持分プーリング法を認めて来た我が国の会計基準もこれにコンバージェンスして来ることとなった。
企業結合の会計基準の変遷
年度 |
日本 |
米国 |
IFRS |
1950年 |
(体系的会計基準なし) |
会計研究広報(ARB)40号 E法とP法の使い分け |
E法とP法の使い分け |
1970年 |
会計原則審議会(APB)意見書16号 同じく使い分け |
||
1998年 |
改訂IAS22号 同じく使い分け |
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2001年 |
米国財務会計基準委員会(FASB)のSFAS141号 E法の禁止 |
||
2002年 |
IASBから現行基準改正の公開草案 |
||
2003年 |
企業会計基準委員会 「企業結合に係る 会計基準」 E法とP法の使い分け |
||
2004年 |
IAS22をIFRS3へ E法の禁止 |
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2007年 |
企業会計基準委員会 「論点の整理」 |
||
2008年 |
企業会計基準委員会 E法の禁止 |
(注)E法・・持分プーリング法(Equity Pooling Method)
P法・・パーチェス法(Purchase Method)
3)日本の会計基準における企業結合会計処理の変遷
上述のように、2003年の「企業結合に係る会計基準」では両方の処理が並存していたが、2007年の「論点の整理」を経て、2008年、「企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)」によって、日本の会計基準でも、公式に「持分プーリング法」は廃止されることになった。
この間の事情については、以下のように詳述されている。
まず、両法の併存についての根拠については、
67. 企業結合には「取得」と「持分の結合」という異なる経済的実態を有するものが存在し、それぞれの実 態に対応する適切な会計処理方法を適用する必要があるとの考え方がある。この考え方によれば、まず「取 得」に対しては、ある企業が他の企業の支配を獲得することになるという経済的実態を重視し、パーチェス 法により会計処理することになる。これは、企業結合の多くは、実質的にはいずれかの結合当事企業による 新規の投資と同じであり、交付する現金及び株式等の投資額を取得価額として他の結合当事企業から受け入 れる資産及び負債を評価することが、現行の一般的な会計処理と整合するからである。
68. 他方、企業結合の中には、いずれの結合当事企業も他の結合当事企業に対する支配を獲得したとは合理 的に判断できない「持分の結合」がある。「持分の結合」とは、いずれの企業(又は事業)の株主(又は持 分保有者)も他の企業(又は事業)を支配したとは認められず、結合後企業のリスクや便益を引き続き相互 に共有することを達成するため、それぞれの事業のすべて又は事実上のすべてを統合して1つの報告単位と なることをいい、この「持分の結合」に対する会計処理としては、対応する資産及び負債を帳簿価額で引き 継ぐ会計処理が適用される。この考え方は、いずれの結合当事企業の持分も継続が断たれておらず、いずれ の結合当事企業も支配を獲得していないと判断される限り、企業結合によって投資のリスクが変質しても、 その変質によっては個々の投資のリターンは実現していないとみるものであり、現在、ある種の非貨幣財同 士の交換を会計処理する際にも適用されている実現概念に通ずる基本的な考え方でもある。
一方、その後の国際的会計基準へのコンバージェンスについては、
70. 「取得」又は「持分の結合」のいずれの経済的実態を有するかどうかという観点から、すべての企業結 合の会計処理方法を平成15年会計基準において整理したことの意義は、平成20年改正会計基準においても尊 重している。しかしながら、「持分の結合」に該当する場合の会計処理方法の1つである持分プーリング法 については、我が国の会計基準と国際的な会計基準の間の差異の象徴的な存在として取り上げられることが 多く、我が国の会計基準に対する国際的な評価の面で大きな障害になっているともいわれている。
また、我 が国の会計基準に対する国際的な評価のいかんは、直接海外市場で資金調達をする企業のみならず、広く我 が国の資本市場や日本企業に影響を及ぼすと考えられる。
そして、持分プーリング法の廃止については、70の後半に以下のように書かれている。
70. ・・・・そこで、平成20年改正会計基準ではそれらの影響 も比較衡量して、会計基準のコンバージェンスを推進する観点から、従来「持分の結合」に該当した企業結 合のうち、共同支配企業の形成以外の企業結合については取得となるものとして、パーチェス法により会計 処理を行うこととした(第17項参照)。この結果、持分プーリング法は廃止されることとなった。
このようにして、平成20年(2008年)の改正会計基準によって、日本における企業結合会計処理基準もパーチェス法に一本化され、国際的会計基準とのコンバージェンスがなされたのである。
以上の歴史的経緯を見ると、我が国の企業結合に関する会計基準において、持分プーリング法が認められていたのは、2003年から2008年までの、わずか5年間の短い期間であった事が分かる(それ以前は、企業結合に関する基準そのものが無かった)。そして、今回、本レポートで取り上げたMUFGの企業結合が行われたのは、まさにこの期間中の2005年であった。この時点において、米国ニューヨーク市場に上場していた三菱東京フィナンシャルグループとしては、この時点で、米会計基準で持分プーリング法が禁じられていた以上、パーチェス法で会計処理して証券当局に報告するしかなかった訳である。
しかしながら、日本特有の企業風土として、注目を浴びるメガバンク同士の企業結合を、出来れば、両社の面目を保ち、社員のモラールを考えて、対等合併の形を取りたかったような事情があったのではないかと推測される。そうでなければ、日本の証券当局に対して、あえて米国での報告と整合しない持分プーリング法を用いて会計処理を行った理由が分からない。しかも、前述の通り、この時点では、日本の会計基準は、二つの会計処理を認めていたのであるから、日本の証券当局に対して、その内の一つである『持分プーリング法』による処理をすることは、基準から外れていた訳ではない。
しかしながら、この『パーチェス法』に基づく企業結合の会計処理を行った場合、持分法では生じないいくつかの問題が生ずる。
一つには、パーチェス法で処理した場合、取得企業側が被取得企業側を取得する対価と被取得企業の純資産の価額との間に、一般的に差異があり、その差がいわゆる『のれん』という現実的資産の裏付けのない無形資産が計上される、ということである。(通常は、取得価額の方が被取得企業の純資産を上回るケースがほとんどであるが、時に逆の場合もある。この場合の『負ののれん』に関する問題はここでは触れない。)
もう一つは、この『のれん』の評価が、減損会計の対象として、時として突然大きな減損が発生して、最終損益に大きな影響をもたらすことがありえる、という問題である。
そこで、『のれん』の問題、およびその『減損』の問題について、考察しておきたい。
4)パーチェス法における『のれん』の問題
「パーチェス法」によって企業結合の会計処理を行う場合、企業結合に際しては、通常『買収企業が被買収企業の取得の対価として支払った総額ー被買収企業の純資産』の差額として大抵の場合、『のれん』が発生する事になるが、その定義と意味を理解するのは簡単とは言えない。貸借対照表上に「資産」として計上されているが、この資産は無形であり、具体的な資産の裏付けを持たないものである。『のれん』とは何か、というのは会計学上の大きなテーマであり、過去、様々な議論が行われてきた。
その議論を大きく整理・集約すると、i)識別不能無形資源説 と ii)超過利益期待説 とに分けられるであろう。
i)の識別不能無形資源説は、『企業結合に関するFASB討議資料』によれば、「のれんは技術的なスキルや知識、経営、マーケティングリサーチやプロモーションのような領域における平均的な水準を超える優れた企業の能力に帰せられる、個別に識別することも、評価することもできない無形の資源である」と説明している。
ii)の超過利益期待説について、同じ『企業結合に関するFASB討議資料』では「企業結合に参加する取得企業の主たる同期は、追加的な将来利益を獲得する点にある。総計コストは被取得企業の収益力に対する評価を反映したものである。総計コストが被取得企業の識別可能な純資産の時価を超える場合、その超過額は期待される追加的な収益力に関連している。追加的な将来利益についての期待がなければ、のれんに対していかなる金額も支払われることはない。」としている。
i)の識別不能無形資源説は、結局、のれんが資産的裏付けが無く、識別も出来ず、形も無い会計上の概念であると、述べているだけで、実は何も説明していないに等しいとも思われる。
現在の見解の主流は ii)の超過利益期待説であると思われるが、この場合も『のれん』は、実体があるものではなく、あくまで期待であり、思惑である事に注意が必要である。
実際、最初に述べたMUFGの企業結合においても、その結合会計処理において計上された巨大な『のれん』はわずか2年半後に、減損会計によって全て消失しているのである。
5)のれんの減損会計について
ここで、のれんの減損会計について検討する。今回取り上げたMUGGの日米での財務報告が巨大な差異を見せたという問題は、2005年の企業結合の際に、米国では、『パーチェス法』を用い、他方、日本での財務報告においては、『持分プーリング法』を用いて処理したことが出発点であった。しかし、パーチェス法を用いた米国での財務報告には、この結果として、大きな額の『のれん』が計上された。ただし、単に『のれん』が計上されただけで最終損益に差異が生じた訳ではない。このパーチェス法会計で計上された巨額の『のれん』が、結合後数年を経ずして大きく減損した事が最終損益の大きな差異を生んだ直接の原因である。
したがって、この問題は、企業結合の二つの会計基準の差異から発しているが、次に、その一方の基準による会計処理においてのみ『のれん』という特別な性格を持った無形資産が生じたこと、さらに、この『のれん』が減損会計の対象として、大きな減損をすることになった時、初めて、二つの会計基準による会計処理による最終損益に大きな差異が生まれたことになる。
ここで、のれんと減損会計について、考えておきたい。減損会計とは、(減損会計意見書三3)によれば「固定資産の収益性の低下に伴い投資額の回収が見込めなくなった場合において、一定の条件のもとで当該固定資産の回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理をいう」。のれんについても同様であり、のれんの超過収益力が低下したことにより、投資額の回収が見込めなくなった場合、一定の条件のもとでのれんの超過収益力の低下を反映させるように帳簿価額を減額する減損処理が必要になる。ただし、のれんは通常、それ自体では独立したキャッシュフローを生まないことから、のれん以外の固定資産における取扱いと相違する点がある。
のれんの減損処理は減損会計基準にしたがって、以下の手順で行われる。
- 複数事業へののれんの分割(必要な場合)
- 減損の兆候の把握
- 減損の認識の判定
- 減損損失の測定
まず、のれんの帳簿価額を帰属する事業に合理的な基準により分割する。そして、以下のような事象が生じているは、減損の兆候となる。
- のれんが帰属する事業に関連する資産グループが使用されている営業活動から生じる損益またはキャッシュ・フローが「継続してマイナス」となっているか、または、「継続してマイナスとなる見込み」である場合
- 使用範囲または方法について、回収可能価額を著しく低下させる変化がある
- 経営環境の著しい悪化
- その他、のれんが過大に計上されているおそれがあると認められる場合
今回取り上げたMUFGの場合、経営環境の著しい悪化により、報告単位別に、2008年3月期に法人向けの銀行業務(国内)を、2009年3月期にリテール部門と順番に発生し、結果としてUFJとの合併によって発生したのれんのほぼ全額が減損したのである。6)のれんの償却について
今回のMUFGの経営結合に関して、日米での決算数値において巨大な差異が生まれた主要な要因は、結合後2、3年目の年度において巨額の『のれん』の『減損会計』を行なった事である。しかしながら、現時点では企業結合の会計処理の方法については、日米およびIFRS国際会計の全てで、持分プーリング法は廃止され、パーチェス法で行うことで統一されている。
企業結合の会計処理をパーチェス法で行なった場合、一般的には、結合後の企業の貸借対照表には、『のれん』という無形資産が計上されることになる(負ののれんに関しては、本レポートでは触れない)。この『のれん』に関しては、毎年、あるいは必要に応じて、適宜『減損会計』の処理が行われるという点でも、日米、国際のいずれの会計基準でも同じである。しかしながら、この『のれん』の減価償却を行うかどうかについては未だ日本基準と国際会計基準とは統一されておらず、そのコンバージェンスについては議論が続いている状態である。
すなわち、現在、日本の会計基準ではこのような被買収企業の超過競争力はいずれ失われていくという前提から、その償却が必要とされており、最長20年で償却することになっている。これに対し、IFRSなどの国際会計基準では「のれん」は無形資産として貸借対照表上に計上されるだけで定期的な償却は行われず、その償却については、両者の処理方法が異なっている。
この償却の有無は、のれんが計上された後の年度において企業利益の計算に大きな影響を及ぼすことがあり、このため現在のグローバル的経済活動の中で盛んに行われている大型のM&Aに際し、のれんの償却をしない国際会計基準を取っている企業と、企業買収等が行われた後、のれんの償却負担を考える必要のある日本の会計基準を取っている企業とではM&Aへの取り組みと決断において大きな差異が生じ世界規模での経営展開において、大きな不公平やハンディキャップを生むことになる。
実際、日本の上場企業グループの中で、のれんの計上額が相対的に大きい業界の一つに製薬業界がある。この業界では、2013年から2017年にかけて中外製薬や武田薬品など大手9社が相続いて、日本会計基準からIFRS へ会計基準を変更する動きが続いた。これら9社の平均では、のれんの計上額は総資産額の9.0%に上っていた。これに対して他の製薬企業の平均は1.6%にとどまっている。のれんの計上額が大きい企業が、その償却の負担による企業利益への圧迫を避けてIFRSへの移行を進めたものと思われる。2014年3月期の武田薬品工業の事例では、IFRSに基づく営業利益は1,393億円だったのに対し、のれんの非償却によって436億円の利益押し上げ効果があったとされている。
このように、採用する会計基準により、のれんの会計処理に2つの方法があり、その会計基準によって、財務報告書中で最も重要な数値の一つである最終損益に直接的な影響が生じ、その事によって、企業買収等の大きな経営判断を左右する可能性がある。もし二つの会計処理方法が併存せず、いずれか一方に統一されておれば、いずれの企業も、同一条件下で会計処理をすることになり、会計処理方針によって経営判断が影響を受けることは避けられる。
この問題は、今回のMUFGの問題では、直接関係しないが、複数の会計処理方法が併存することによって企業経営に大きな影響が生ずる可能性があるという点では共通する問題であろう。
7)結 論
会計学は、自然科学のように自然界に潜む絶対的真理を求めるものではない。現代社会の経済活動の中心である企業の実態を出来るだけ明瞭に分析し、これを企業内外の利害関係者(ステークホルダー)に情報として開示するための技術的基礎を提供するものである。したがって、その時代の経済活動の状況に大きく影響を受ける面もあり、また、これに的確に対応していく事も必要である。現代では、企業活動のグローバル化が急速に進展し、同時に、インターネットにより、国境を超えて瞬時に情報が流通する状況である。したがって、会計学にも国際的視点は不可欠である。近年の我が国における会計学分野の大きな問題は、日本の会計基準と欧米等の国際的会計基準とのズレをどう解消するか、という事が一つのテーマであった。ここに大きな差異があれば、日本基準で処理された会計情報と国際的基準で処理された会計情報とが整合せず、したがって、この両者の比較可能性が失われることになってしまう。この事は国際的に事業活動を展開している企業にとって、大きな不都合を招く可能性がある。
現に、今回、本レポートで取り上げたMUFGの企業結合の当事者であった三菱東京フィナンシャルグループは、日本の証券市場は当然の事として、米国ニューヨーク証券市場にも上場しており、この市場の投資家からも資金調達している状況であった。このニューヨーク市場の投資家に向けての情報開示は、当然、現地の米国の会計基準に従って作成されなければならない。この時点で、米国会計基準は、既に2001年から、企業結合の会計処理としては、パーチェス法のみしか認められておらず、この方法による以外の選択肢は無かった。
ところが、一方、日本の会計基準においては、2003年に初めて企業結合に関する基準が明確に定められたのであるが、ここでは持分プーリング法とパーチェス法の両者が並存し、そのケースの実態に応じて、適切な方法を取る事が可能であるとされていた。日本の特有の企業風土として企業統合においては出来るだけ対等合併の形を取る事が好ましく、その方が、当事者企業の面目を保ち、社員のモラールにも影響が少ない、という空気があったと思われる。この結合が行われた2006年の時点では、既に、米国基準でも、IFRS国際基準でも、パーチェス法に一本化されていたのであるが、日本の会計基準では、持分プーリング法による会計処理が公的に認められていた訳である。したがって、この企業結合の会計処理を持分プーリング法で行い、日本の証券当局に報告することは、理論的には、特に問題は無かった事になる。
このようにして、このMUFGの企業結合は、まさに日本の会計基準が揺らぐ狭間の期間に、米国向けの財務報告と日本の国内向けの財務報告の会計基準が異なるという形で処理を行った訳である。
しかしながら、この二つの会計基準による別々の財務報告を行うというイレギュラーな処理が後々二つの財務報告書の内容が大きく乖離するという奇妙な結果を生む事になった。この大きな乖離という矛盾を見る時、複数の会計基準が並存している事の大きな問題点が浮かび上がる。日本においての2003年の企業結合における会計基準で、両者の併存を認める会計基準が定められた際その理論的根拠も明確に示されていた。いずれの方法にも、理論的根拠はあり、従って、そのケースの結合の実態に合わせて両者いずれの方法を採用してもよいとされたのである。
しかし、その結果わずか2年後の時点で、両者の処理の結果の間に、一兆円を超すような差異が生まれた経緯を見る時、二つの会計基準が併存する事の問題点が大きく露呈した、と言わなければならないであろう。もし仮に、この企業結合の会計処理が日本で認められていた持分プーリング法のみで処理、報告されていたとすれば、海外の投資家の立場からは、他の企業の財務報告との比較性は全く失われ、この日本企業への投資の判断に大きな影響が出たかもしれない。
2008年の日本の会計基準の改訂は、おそらくこのような国際的視点から見る時の比較可能性の欠落を強く意識されたのではないかと思われる。この項の最初に書いたように、会計学は、理論的な絶対的真実を追求するものではない。いかに理論的根拠があろうとも、複数の会計基準が併存する事によって、日本企業の国際的活動に影響があっては、会計学の本来的使命を果たせないことになってしまう。2008年の基準改訂の説明において、理論的根拠の問題はほとんど触れられず、専ら国際的状況とその中での企業活動への影響の問題が取り上げられているのは、そのような背景があったと考えるのもあながち的外れとは言えないだろう。
逆に考えてみれば、このMUFGの企業結合が、微妙なタイミングで日米両国の異なる会計基準で処理されたことによって、数年後、『のれん』と『減損会計』の問題により、両者の決算書において、巨大な差異が生まれ、そのことによって、皮肉にも、二つの会計原則が並列して存在することの問題点を浮き彫りにした、と言えるのではないだろうか。
そして、このような大きな不都合の発生を目の当たりにすることが、日本の会計基準が欧米のそれにコンバージェンスする流れに舵を切っていく動きを加速させた、と言えるのではないだろうか。
その意味で、このMUFGの企業結合の会計処理を巡る問題は、持分プーリング法とパーチェス法の二つの処理方法の違い、その会計基準における扱われ方の各国の対応の期間的差、そして、のれんというものの本質、のれんの減損会計、等々、様々な問題が関係していることになる。そしておそらく、企業結合の会計基準に複数の方法が並存している場合に生じる大きな問題点を明らかに示すモデルケースとも言え、我が国の企業結合に関する会計基準が国際的基準にコンバージェンスして、パーチェス法に統一されて行ったことの現実的説明と根拠にもなりうる興味深い一例と位置付けられるのではないかと思われる。
<参考文献>
上野雄史. 企業結合によるのれんの減損と評価 年報 経営分析研究 第26号. 2009 P.91-97
川元淳. 企業結合における取得と持分の結合. 企業会計 2004 Vol.56 No.1 P.42-48
五十嵐則夫. 国際会計基準が変える企業経営. 日本経済新聞出版社. 2009. 371p.
ISBN978-4-532-31457-6
伊藤邦雄. 新・現代会計入門(第3版). 日本経済新聞出版社. 2018. 723p.
ISBN978-4-532-13480-8
EY新日本有限責任監査法人. 「のれん」の会計実務. 中央経済社. 2018. 277p
ISBN978-4-502-26601-0
<注 1>
Mitsubishi UFJ Financial Group
Annual Report 2008 Year ended March 31, 2008
p.44
The merger of MTFG and UFJ Holdings was accounted for under the purchase method of accounting, and the assets and liabilities of UFJ Holdings and its subsidiaries were recorded at fair value as of October 1, 2005. The purchase price of UFJ Holdings amounted to ¥4,406.1 billion, of which ¥4,403.2 billion was recorded in capital surplus relating to the merger with UFJ Holdings and the direct acquisition costs of ¥2.9 billion were included in the purchase price. The total fair value of UFJ Holdings’ net assets acquired was ¥2,673.0 billion and the goodwill relating to the merger with UFJ Holdings was ¥1,733.1 billion.
In the fiscal year ended March 31, 2008, we recorded an impairment of goodwill of ¥893.7 billion due to the recent global financial market instability that negatively affected the fair value of our reporting units for the purposes of our impairment testing. For further information, see Notes 2 and 10 to our consolidated financial statements included elsewhere in this Annual Report.<注 2>
Mitsubishi UFJ Financial Group
Annual Report 2009 Year ended March 31, 2009
(p.49)
Establishment of Mitsubishi UFJ Financial Group
In October 2005, MTFG merged with UFJ Holdings to form MUFG. At the same time, our respective trust banking and securities companies merged to form MUTB and MUS. Subsequently, our subsidiary commercial banks merged to form BTMU in January 2006, and our credit card subsidiaries merged to form Mitsubishi UFJ NICOS in April 2007.
The merger marked the creation of a comprehensive financial group with a broad and balanced domestic and international network, and a diverse range of services provided by group companies, complemented by one of the largest customer bases in Japan.
As part of our integration process, we successfully completed a significant project to fully integrate the IT systems of the merged commercial bank subsidiaries and the merged trust bank subsidiaries respectively in December 2008.
The merger of MTFG and UFJ Holdings was accounted for under the purchase method of accounting, and the assets and liabilities of UFJ Holdings and its subsidiaries were recorded at fair value as of October 1, 2005. The purchase price of UFJ Holdings amounted to ¥4,406.1 billion, of which ¥4,403.2 billion was recorded in capital surplus relating to the merger with UFJ Holdings and the direct acquisition costs of ¥2.9 billion were included in the purchase price. The total fair value of UFJ Holdings’ net assets acquired was ¥2,673.0 billion and the goodwill relating to the merger with UFJ Holdings was ¥1,733.1 billion.
We test goodwill for impairment annually or more frequently if events or changes in circumstances indicate that goodwill may be impaired. In the fiscal year ended March 31, 2009, we recorded ¥845.8 billion of impairment related to goodwill, including the goodwill recorded in connection with our acquisitions other than the merger with UFJ Holdings, due to the global financial crisis and recession that negatively affected the fair value of certain of our reporting units for the purposes of our impairment testing, compared to ¥893.7 billion of impairment related to goodwill recorded in the previous fiscal year. For further information, see “Item 3. Key Information―Risk Factors―If the goodwill recorded in connection with our acquisitions becomes impaired, we may be required to record impairment charges, which may adversely affect our financial results and price of our securities,” and Note 9 to our consolidated financial statements included elsewhere in this Annual Report.
<注 3>
(株)MUFG 平成20年(2008年)3月期有価証券報告書
P.19
(当連結会計年度の業績)
当連結会計年度の業績につきましては、以下のとおりとなりました。 資産の部につきましては、当連結会計年度中5兆7,121億円増加して、当連結会計年度末残高は192兆
9,931億円となりました。主な内訳は、貸出金88兆5,388億円、有価証券40兆8,516億円、現金預け金10 兆2,816億円となっております。負債の部につきましては、当連結会計年度中6兆6,361億円増加して、 当連結会計年度末残高は183兆3,934億円となりました。主な内訳は、預金・譲渡性預金128兆6,266億円 となっております。
損益の状況につきましては、経常収益は前連結会計年度比2,999億円増加して、6兆3,939億円となり ました。主な内訳は、資金運用収益が3兆8,679億円、役務取引等収益が1兆2,494億円となっておりま す。また、経常費用は前連結会計年度比7,279億円増加して、5兆3,649億円となりました。主な内訳 は、資金調達費用が2兆278億円、営業経費が2兆1,578億円となっております。
この結果、経常利益は前連結会計年度比4,280億円減少して、1兆290億円となり、当期純利益は前連 結会計年度比2,443億円減少して、6,366億円となりました。
<注 4>
Mitsubishi UFJ Financial Group
Annual Report 2008 Year ended March 31, 2008
(P.3)
<注 5>
Mitsubishi UFJ Financial Group
Annual Report 2009 Year ended March 31, 2009
(P.3)
<注 6>
(株)MUFG 平成21年(2009年)3月期有価証券報告書
P.18
(当連結会計年度の業績)
当連結会計年度の業績につきましては、以下のとおりとなりました。 資産の部につきましては、当連結会計年度中5兆7,407億円増加して、当連結会計年度末残高は198兆
7,339億円となりました。主な内訳は、貸出金92兆568億円、有価証券48兆3,141億円、現金預け金6兆 5,623億円となっております。負債の部につきましては、当連結会計年度中6兆7,697億円増加して、当 連結会計年度末残高は190兆1,632億円となりました。主な内訳は、預金・譲渡性預金127兆7,201億円と なっております。
損益の状況につきましては、経常収益は前連結会計年度比7,164億円減少して、5兆6,774億円となり ました。主な内訳は、資金運用収益が3兆4,483億円、役務取引等収益が1兆1,383億円となっておりま す。また、経常費用は前連結会計年度比2,297億円増加して、5兆5,946億円となりました。主な内訳 は、資金調達費用が1兆4,730億円、営業経費が2兆1,045億円となっております。
この結果、経常利益は前連結会計年度比9,462億円減少して、828億円となり、当期純損益は前連結会 計年度比8,935億円減少して、2,569億円の損失となりました。