7月下旬で前期講義が終わり、夏休み入りしましたが、その後、生活面の整備で多用な事が重なりました。会計学科は、8月下旬の公認会計士試験を受験する学生に配慮して、前期の期末試験が夏休み前ではなく、9月初旬になっており、その準備期間に入りました。そんな関係で、8月の投稿が無いのは寂しいので、前期末に提出した租税法に関するレポートをアップしておきます。
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「日本の税金」(三木義一 著)を読んで
この著作は新書シリーズのコンパクトなものであるが、日本の税制体制全体を概観的、俯瞰的に説明し、しかも各税目についても、要点を押さえて説明されており、現在の日本の税制の全体像を総合的に把握するのに非常に有用であると思われた。さらに各税目について、そこに潜む様々な問題点を的確に示し、その問題点を歴史的経緯を踏まえ、政治的な背景も押さえながら、理論的に説明されており、この書に接して初めて認識した意外な事実や論点に驚くことも多くあった。
まず、所得税に関しては日本の制度として特徴的なサラリーマンの給与所得の計算に関して、いわゆる給与所得控除制を採っており収入金額に応じて変化する概算の「法定額」であり事業所得者に適用される必要経費のような「実額」ではないという点である。つまり、日本のサラリーマンは必要経費の実額を控除することが出来ない。日本のような制度は国際的には例外であり、多くの国は実額控除を認めているという点は、やや意外であった。さらに、給与所得に関しては源泉徴収でほぼ完全に把握され、給与所得者では9割が把握されているのに対し、事業所得者は6割、農業所得者は4割しか把握されていないという点に関しては、過去マスコミ等でしばしば話題にされてきた問題であるが、この問題に関してはこれまで給与所得者と事業所得者の両方を経験してきた立場からある程度実感としてあり得る面もあるように思われる。ただ、講義等を通じて学んだ現在の日本の税務行政に関わる人的資源を考える時、源泉徴収と年末調整によっている現在の給与所得者の処理を必要経費の実額控除制に変えることは膨大な事務量の増加を招き、事実上不可能であろうと思われた。実際サラリーマンにも選択により実際にかかった経費の控除を認めるべきであるとして争われた事例の最高裁判決では、現行制度には、十分合理的な理由があるとして合憲とされた(大法廷1985年3月27日判決)と説明されている。
次に、法人税に関しては、まず法人に税を課すべきか、という点から本質的論議があるという問題も所得税と並列的に当然視していた自分には驚きであったし、税率の問題だけでなく、課税ベースに関して大きな問題がある、ということにも気づかされた。一例として挙げられていたあるメガバンクが十年間、欠損金の繰越控除によって法人税を納めていなかったという事実にも大きな驚きを感じた。このような赤字法人問題に加え、同族会社の行為計算否認問題、公益法人課税、さらには最近の問題として企業再編税制など、法人税を巡って、様々な問題点があることもよく理解できた。しかも、企業は、個人とは異なり、軽々と国境を越え、自らにとって都合のよい税制環境を求めて租税を出来る限り少なく済まそうと行動する。したがって、法人に関わる税制については、特に国際的な視点が欠かせない。現に企業は、法人税率の低い国に拠点を移す行動を取る傾向があり、このため、法人税率の引き下げ競争が国家間で行われ、その弊害も言われ始めているようである。
また、この秋にも増税問題があり今回の国政選挙でもテーマの一つとなった消費税についても実に様々の問題点があることが指摘されている。単に8%から10%への税率アップや軽減税率の問題だけではなく、消費税の致命的な欠陥問題とされる逆進性をどう解消するのかという問題に始まり、免税業者と簡易課税業者の問題、仕入税額控除否認問題、さらには滞納問題や非正規雇用との関連問題等々、消費税を巡っては、数多くの問題点があることが説明されている。この中で、消費税における非課税制度には、大きな矛盾があり、医療業界は、うっかり非課税を要求したために、仕入れの消費税が控除出来ず、医院経営が圧迫される事になった、という問題は、過去に自ら経験した矛盾であり、税制に関しての認識不足や判断ミスは、大きな禍根を残す事になる事を実感として感じたところである。
しかしながら、消費税は、その課税ベースの広さによって、導入後30年近くで、各税目中の中でのウェイトは年々増し、高齢化社会への対応等を考え、諸外国の水準と比較すると税率的にはまだ余裕があるという見方もされている。現在の税制で言うと、富裕者層対象とされる相続税全体でも消費税率の1%にも満たない、という指摘は驚きであった。
その相続税に関しても、我が国の税制は独特の制度となっており戦前は「遺産税」方式を採用して来たが戦後のシャウプ勧告によって「遺産取得税」方式に切り替えたものの、農業経営の維持のための単独相続への配慮から「遺産税」方式も残され折衷方式となっている。この歴史的経緯の複雑化から、実際の事例として大きな矛盾を引き起こし、様々な混乱や悲劇的事態も生じているようである。
税制の問題は実に様々な側面を持っており、経済や政治、歴史的背景もあり、広い視野からの慎重な目配りが必要であることを痛感させられた著書であった。
<参考文献>
三木義一. 日本の税金. 岩波書店. 2019. 244p.
ISBN978-4-00–431737–1