『経営学概論』レポート

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受講している経営学講義で、教授のNY出張に伴う休講の補充として、レポート提出が課されました。そのテーマは概略次のようなものでした。「これまで学んだ、経営理念からマーケティングまでの関係性を体系化しなさい。事例などもあればなおよい」

このテーマに沿ってレポートをまとめてみました。

なお、今回のレポートも、事例としては、米Apple社を取り上げました。ただし、前回の2レポートとは当然のことながら提出する科目が異なっているので、内容の方向性や視点は異なります。

わたしが、好んでApple 社を取り上げるのは、私が1990年初頭から現在に至るまで、30年近い同社製品の(かなり熱心な)ユーザーであり、同社の製品を使い続けて、その歴史と変遷を身近に肌身で感じて来たことが1つの理由でしょう。この間の事情については、私の個人的履歴としての別の投稿にもまとめています。

<以下、レポート本文です>

企業とは、広い意味で「製品・サービスの提供を主な機能として作られた人と資源の集合体で、1つの管理組織のもとにおかれたもの」と定義される。しかし、この企業の活動は、ただ無秩序に展開されるものではない。企業の全ての活動のベースには、経営理念、すなわち、その企業がかくありたいと思う姿を表現した理念がある。この経営理念の達成のための具体策として、戦略の策定が行われる。そして、その戦略を実行するために、資金を調達し投資が行われるのであるが、そのような戦略に基づいて企業が提供する製品やサービスが、市場において支持され、消費者に売れなければ、戦略は実現せず、結果的に企業理念も達成されない。したがって、企業が提供する製品やサービスがいかに売れるか、というリサーチが必須である。このために行われるマーケット=リサーチが、企業の活動において、必要不可欠なものとなる。

例えば、米Apple社は、現代のIT界を代表する『GAFA』の一角を占める超巨大企業であり、研究書によれば、『アップルは歴史上最も利益の大きな企業となった。2016年第4四半期に、アップルは創業時からの総計で、アマゾンの2倍の営業利益をあげた。アップルの手元資金はデンマークのGDPとほぼ同じである』というような事業としての成功をなしとげている。

Apple社には、明文化された経営理念というものは存在しないようであるが、しかしApple社が自らをどのような企業でありたいと考えているかという理念を窺う情報は十分にあると思われる。創業者の一人であり強力なカリスマリーダーであった Steve Jobs は様々な機会に同社の経営理念に関わる発言をしている。

 

例えば、同社の画期的なパーソナル=コンピュータであるMacintoshシリーズの発売にあたって、あるインタビューの中で個人向けのコンピュータを「知的自転車」〈Wheels for the Mind〉と考えるコンセプトについて「だから、僕はパーソナルコンピュータを自転車に喩えたいたいのです。なぜなら、それは人間が生まれながらに持つ精神的な能力、つまり、知性の一部を拡大する道具だからです。」と言っている。

このカリスマリーダーに率いられていた時期、Apple社は、ユニークで革新的なMac コンピュータの後も、矢継ぎ早に、i-Pod、i-Tune、そして、現在も同社の最大の収益源となっているi-Phone(と i-Pad )と、次々に革新的なイノベーションを起こす新製品を出し続けて来た。

これらのApple社の商品群を見て、その共通項を考えると、それらは、Steve Jobs が Macintosh について語った<人間の知性の一部を拡大する道具を開発する>という理念であることが分かる。そして、それらの商品群は、確かに<人間の知性を拡大する道具>となり、消費者には強く支持された。

Apple社は創業時、『Apple Computer』という社名でスタートしているが、後に Computer を外して、『Apple』社と社名変更している。これは、同社がその企業ドメインを Computer に限定することをやめて、より広範な企業ドメインに変更したとも見られるが、むしろ社名をその本来の経営理念に沿った企業ドメインに合わせたとも考えられる。

経営理念はMission(使命)、Vision(実現を目指すあるべき姿)、Value(企業活動によって生み出される価値)からなるとされている。Steve Jobs は、「知性の一部を拡大する道具を作り出す」ことをMission と考えていたと思われる。そして、そのMission は同社の一連のイノベーティブな商品群によってVision として実現されて来た。その結果として、これまで存在しなかった革新的な商品は、顧客を満足させ、大きな顧客価値を生み出すとともに、同社に歴史に前例を見ないような巨大な事業価値をもたらした。

しかしながら Jobs は経営者として、もう一つのこだわりを持っていた。それは自社の製品を単なる日常品、つまりありふれたコモディティではなく、デザインや使用感や見栄えなどのあらゆる細部にこだわり、その商品イメージにブランド価値を持たせることであった。その商品を持つ事が、カッコイイことであり、購買者にプライドを持たせステータスともなりえるようなブランド価値を持たせようとしたのである。この目的のために、優秀なデザイナーを採用し、商品発表会をショー的なイベントとしてマスコミの注目を集めた。さらに全世界の主要な高級ショッピング=エリアに直営の『アップル=ストア』を展開し、そこで販売される Apple ロゴの付いた商品に特別なブランド価値を持たせようとした。

その店内は高級感溢れ、ゆとりあるセンスのいい空間だが、そこに他社製品は置かれていない。顧客はApple社と他社の技術商品とを比較するために、この店を訪れるのではない。ただApple 社の商品を洗練された店員から丁寧な接客と説明を受けて購入するために、この店を訪ねて来るのである。このマーケット戦略にも Apple 社は成功し、ブランド=イメージを確立した同社の商品は、他のIT技術会社の商品のような激しい価格競争の中に巻き込まれて日用品的コモディティになる途を逃れ、高い利益率を持つビジネスを確立できたのである。

すなわち、企業活動において、まず明確な経営理念を持つだけではなく、その理念のもとに開発製造された商品をどのような形でマーケットに投入し、確実な利益を上げていくかという戦略を持たなければ、ビジネスは成功しない。そして、その商品が対象とするマーケットがどのようなもので、その商品がどのように受け入れられる可能性があるのか、どのような購買者層をターゲットとするのか、そのマーケットがどのように変化するのか、新しいニーズをどのように広げていくのか、といったマーケット戦略、すなわちマーケティングが重要であり、不可欠である。

マーケティングにおいては、価格・製品・サービス・ブランド、の4つの差別化という面があるとされる。同社の戦略では、価格については、価格競争の罠に陥らぬように、逆に高級化の差別化を選んだ。製品については、きわめて革新的なコンセプトを持ち、洗練されたイメージで統一された。サービスにおいても、ネットによる合理化の流れに逆行するかのように、世界の主要な19カ国に492の直営の専門店を展開し、さらに、アップル=ケアというきわめて手厚いサポート体制を敷いている。(このアップル=ケアについては、私自身、何度もサポートを依頼した経験があるが、その手厚さに感心することが多い。大抵の場合、サポート担当者とネット上で画面共有してもらい、直接アドバイスを受けるのだが、ささいな問題の解決のために、ほぼ半日つきあってもらったこともある。一般的にIT関係の企業のサポートは形だけのおざなりなものが多く、ひどい所では、メール問い合わせしか受け付けない、という所もある。アップル=ケアの知識豊富で丁寧な対応の専門担当者のサポート体制には感動すら覚えることがあった。皮肉な立場から見れば、それだけ資金余裕のある企業だからこそやれるサービスかもしれないが・・。)
ブランド差別化という面でもApple 社は明確な理念に沿ったイノベーティブな商品群を開発しただけではなく、その商品のブランド=イメージを確立することにも成功した。そして、そのカリスマリーダーの早逝にも関わらず、その人物が不出世の天才的経営者として偶像化される事により、さらにそのブランドイメージが高まった。

以上のようなマーケティング戦略の結果、『アップルはビジネス界ではとうてい無理と思われてきた目標、すなわち低コストの製品をプレミアム価格で売ることに成功した。そしてアップルは歴史上最も利益の大きな企業となった』のである。

すなわち、Apple 社は、その経営理念に沿った製品開発をし、その商品に対し同業他企業の技術商品とは一線を画すブランド価値を与えることに成功し巧妙なマーケティングに基づく販売戦略を展開することによって利益率の高いビジネスを確立した。

世界のスマホ市場のマーケットシェアで、Apple社は2016年、年間台数ベースでは14.5%のシェアにとどまっている。ところが利益シェアでは、なんと79%を占めている。すなわちブランド化され差別化されたiPhoneを主要商品として持っていることによりその他大勢の日常商品的スマホに比べて格段に高い利益率を維持し世界のスマホ業界の利益の大半を手にしているのである。

このようにして、Apple社は『GAFA』という形で、並び称されるIT分野の4大超巨大企業の1つとなったのである。

参考文献

スコット・ギャロウェイ.   GAFA ―四騎士が創り変えた世界―.   東洋経済.   2018. 416p.   ISBN978-4-492503027

〈追記〉

Apple社の現在の主力製品の柱となっているiPhoneについては、別の投稿でまとめてあります。ご参考まで。

iPhoneとの10年

我々にとってスマホとは何か

投稿者:

matsuga_senior

《松賀正考》大阪大学外国語学部英語学科、歯学部卒業。明石市で松賀歯科開業。現シニア院長。 兵庫県立大学大学院会計研究科を卒業し会計専門修士。さらに同大大学院経済学研究科修士課程を卒業。その修士論文で国際公共経済学会の優秀論文賞を受賞。現在、博士課程在学中。