今年から受講を始めた「ビジネス特論」という科目でレポートの課題が出ました。一つの組織体を対象にして、その組織の強み・弱味、その組織が置かれている環境の有利・不利を分析し、これから打つべき対策を検討する、という『SWOT分析』を本学を対象に行うという課題です。レポートとしてまとめたものをアップしてみます。
<兵庫県立大学大学院会計研究科のSWOT分析>
(強み Strength )
・まず第一には兵庫県という自治体が運営主体となっている事による安定感と公共性であろう。この事は、もちろん、一般的な私立学校に比べて学費負担が少なく、学校運営の長期的安定が見込まれるという安心感につながる。
・さらに、会計学科については、前身の「神戸商科大」の長い伝統と、経済界を中心とした幅広い人脈との繋がりがある。
・また、会計学というきわめて専門性の高い分野を高い密度で学べるというコースであり、さらに教授陣のおよそ半数が実務家であり、実務経験を踏まえた現実的な学習ができるという強みもある。
・もう一つ、意外に気づかれにくい点であるが、キャンパスのロケーションと快適さも、魅力の一つとして挙げられるであろう。神戸の中核的都心の三宮から地下鉄で半時間余りのアクセスの利便性は高い。閑静な住宅街に隣接し緑豊かで適度な広さのキャンパスの快適さも挙げられるであろう。過去2つの大学で10年間のキャンパス・ライフを経験してきた個人的立場からも実感的に感じられる。過去の経験では、快適とは言えない周辺環境の中での狭小な敷地だったり、逆に西部開拓史上の街のように広大過ぎて時に移動の不便さとやや味わいに欠けるケースもあったが、それに比べて、適当な規模と閑静で緑豊かな本学の現キャンパスは充分に魅力的であると思われる。
(弱み Weakness )
・やはり、校風として、あまり前に出しゃ張らず、控え目な傾向があり、関西の知名度の高い他の大学の中に埋もれる形で、知名度が低い、という点が弱点であろう。
・さらに、大学全体としては、この学園都市キャンパス以外に、明石や姫路等々、兵庫県下に多数の拠点を持つのであるが、そのようなキャンパスの分散によって、一つの大学としての存在感が薄いという点も弱点と考えられる。ただし、これは本会計大学院とは直接関係が少ない。
(機会 Occasion)
現代日本のあらゆる教育機関が直面している最大の問題は、加速度的に進行する「少子高齢化」問題であることは誰の目にも明らかであろう。この不可避的な人口構造の変化は、教育の需要層である若年層の急速な減少となって、あらゆる教育機関を直撃しているように見える。この問題への直接的対応として行われているのは、日本社会で急減している学生の需要を周辺諸国からの若年層の供給によって補う動きである。本学に限らず、日本の多くの大学等の高等教育機関でこの対応が行われている。これは日本の経済界全体の雇用問題としての「人手不足」を外国人材の補充によって賄おうとするのと同じ方向性の対応である。
しかし、この「少子高齢化」問題を単に若年層の急速な減少という側面だけで考えるのは、問題を一面的にしか見ず<木を見て森を見ない>対応になる恐れはないであろうか。少子化と同時に高齢者層の急増も進行しているが、この問題に対し、その悲観的側面のみを見て後ろ向きの発想で終始するべきではない。
最近、ベストセラーとなって注目された『ライフ=シフトー100年時代の人生戦略ー』というロンドン大学ビジネス・スクールの教授らによる著書には、この問題に対して、示唆に富む分析と主張が示されている。人生を「教育期」「就業期」「退職期」という3段階で考える発想では長寿化が急速に進行する現代社会のあり方に対応できないという主張である。高度経済成長期までの終身雇用制度が社会の共通的常識であった我が国では個人の人生においても3段階的単線型の人生設計が根強かった。しかし、終身雇用制度の崩壊と雇用の流動化と相俟って急速な長寿化が進む中新しい形の人生設計が必要な時代になっていると思われる。
それは従来の3段階的設計とは異なり、一人の生涯の中で現役の時代と再教育の時期が繰り返される複線型の人生設計ではないか、と上記の書でも指摘されている。
そのような状況においては、大学などの高等教育機関の役割は従来のような新卒の若年層だけを対象とするだけではなく、社会人としての経験を経た後、その経験を踏まえつつ新たなキャリアを目指す再教育の場としての役割が重要になって来ると思われる。それは我が国よりも早い時期から複線型の人生設計が当たり前になっていた欧米の大学像に似通って来て、キャンパスが様々なジェネレーションの人たちが行き交う場になるのかもしれない。急速に進む少子高齢化社会の年齢構成の変化を若年層の減少という負の側面からのみ見るのではなく、その不可避的な社会構造の変化が同時に新たな再教育の機会を求める様々な年齢層の増加を産む可能性があるという積極的前向きの発想で捉え、そのような時代状況への対応に取り組む事が必要になるのではないだろうか。
(脅威 Threat)
この大学院に限らない大局的問題であるが、この学科が専門とする『会計学』という分野に AI技術という変革の波が押し寄せていることが最大の脅威であろう。1982年、日本初の本格的パーソナル・コンピュータが登場し、ほぼ時を置かず汎用会計ソフトが発売され、その普及とともに手書き帳簿は姿を消し、パソコン処理による帳簿作成は当たり前の状況になった。
会計分野へのAI導入は、より衝撃的なものとなり、数年後には会計事務所における記帳代行業務は無くなると予測されている。AIの導入は、そのような単純事務作業の合理化に止まらず、これまで人間の判断力を要するとされていた領域、さらには専門家レベルの高度な知識と識見を要するとされてきた、より高次な業務範囲すら、その対象となると予測されている。会計専門業界は、ある意味で南海の島国の海抜ゼロメートル地帯で温暖化による海面上昇によって村落ごとの移転や消滅の危機に瀕しているように、AIによる業務浸食による危機に瀕しているとも言える。
(ただし「早くも北欧のIT先進国エストニアでは会計士がゼロになった」と言う噂話は有名な評論家の大前研一氏の誤解に発する誤報のようであるが)。
(取るべき対策)
上記の(機会)および(脅威)で書いた内容から、(取るべき対策)は明らかである。
・まず、現代日本の「少子高齢化」による若年層の減少問題への対応として、従来通り周辺諸国の教育需要を取り込む方策は継続しつつも、日本社会の年齢的構造変化のもう一つの側面であるシニア層の増加と人生設計の変化に対応した多様な年齢層の教育ないし再教育需要に目を向け、これを掘り起こし現実化する努力をするべきである。
古稀を迎えて挑戦した私の個人的ケースは非常に特異的で一般化しにくいとは思うが、例えば勤務する企業の状況変化により、40、50代で早期退職を選んで新たなキャリアに挑戦するような人がこれまでの職業経験を踏まえて、さらに専門性の高い会計学を学び次の人生のステップボードにするための再教育を受けるようなケースは現実的に潜在的需要はあるものと思われる。このような需要の発現を受動的に待つのではなく、その需要層の具体的なニーズや問題のあり方を調査し、そのニーズに適合した体制を整える必要がある。
・次に、AI技術の登場とその衝撃への対策については、何よりまずその技術の内容と会計分野への影響を、具体的に理解把握する必要がある。孫子の兵法ではないが「敵を知り己れを知る」第一歩は、何よりもまず敵の正体を知ることである。出来れば、本学の講座のラインナップの中に、AI概論のような科目をそろえ、学科全体で、この分野の概要を知るところからスタートするべきではないだろうか。
<参考資料>
リンダ・グラットン アンドリュー・スコット. ライフ=シフト・100年時代の人生戦略. 東洋経済. 2016. 399p. ISBN978-4-492-53387-1
小林雅一. AIの衝撃. 講談社. 2015. 247p. ISBN978-4-06-288307-8
エストニアより愛を込めて