歯科医師にとってのデジタルコミュニケーション

<現役時代の旧ホームページからの移植です>(1998.6.1 分)

< 歯科専門誌 クイントエッセンス 1998年 6月号 掲載 >

 一般社会におけるコンピュータを利用したネットワーク の急速な普及は関係者の予想を超えるスピードで進んで おり、このような世間の状況は当然,我々の世界にも及 んでいる.一握りの人たちの趣味的動機からの先駆的試 みが散発的に行われた状況から,歯科医師会の組織を巻 き込んだ動きへと段階的変化が生じつつあるといっても よいだろう.
 しかしながら,このような技術の我々の世界での適用を 考える時,この新しい情報交換技術が持つ意味をあらた めて整理し,再確認してみることが必要と思われる.
 私自身数年前より,歯科関係者間でのBBS的ネット ワークシステムの構築・運用,ホームページの実験的製作 と運用,インターネット上の各種サーバーの構築等に関わ ってきた.当初,個人的な興味・関心からスタートし,自 らの好奇心の充足で満足していたのが,いつの間にか, 周囲の興味・関心の急速な高まりが追いついてきて,個人 的な趣味的問題だけでは済まなくなってきたという感が強い. このような状況の変化の中で強く感じるのは,新しい技術 との関わり方において,個人的な利用と組織的な利用との 質的な相違である.個人的経験と感覚をそのまま組織的・ 集団的取り組みに適用するのは無理が多く,その段階で 多くのトラブルや問題が発生する可能性がある.一時多く 見られた組織上層部の誤解や偏見はさすがに最近の状況の 中で影をひそめてきたとはいえ,理想と現実の乖離は大きく, 組織レベルでのデジタルコミュニケーションシステムの構築 には多くの問題が山積している.

 これまで,ネットワークに関わる様々な技術的試みに 取り組む際,私自身何時も意識していたのは,そのシス テムが社会や組織に対し,現実的にどのような機能や効用 を持ち得るかという視点であった.すなわち,そのような システムが現実的な組織運用のニーズに対してどのような 具体的な手段や方法を提供できるのかという問題意識である. このコラムでも何度か取り上げられているFirstClassによる ネットワークシステムを2年前から運用し始めた際も,その 出発点は,歯科医師会の組織としての委員会活動の連絡・ データ交換システムというきわめて具体的なニーズであった. 複数の委員会での共同利用から始まり,一般会員の利用にまで 拡がっていったが,その運用のベースはあくまで,会務での 現実的ニーズに置いていた.
 典型的な例は地元地方会での広報委員会での利用であった. この委員会では6年前からコンピュータを用いたDTP編集に 取り組み,Macintoshと代表的なDTPソフトであるPageMakerを 使って委員会内で版下作成を行う体制を作り,編集作業と予算 の合理化と効率化を目指した.3年前から,委員会メンバー 全員がMacintoshを利用できる状況となり,原稿の作成から, 誌面編集を全員で分担して行える体制作りに取り組んだ. また,年数回の会報のみではなく,会の現在の状況をより リアルタイムに伝えることを目指した小新聞の発行も開始した.

 このニューズレターの発行は原稿作成から紙面編集,プリント アウトまでのすべてをコンピュータを利用して委員会内部で 完了する体制を目指し,消耗品以外の予算なしでの発行体制に こぎつけた.
 このような形で編集作業のデジタル化の完成を ベースに,1年前から取材・連絡・協同編集および印刷会社 へのデータの転送等,委員会活動の全てにFirstClassのネット ワークを活用する取り組みをスタートさせた.  委員会の活動にネットワークシステムが加わることにより, 委員会活動の合理化はさらに進んだ.委員全員がネットを利用 して,日常的連絡や取材原稿の送付,割り付けの完成した紙面 の校正チェックを居ながらにして行うことが可能になったので ある.そして,関係者全員が集まる形での作業が激減しながら も,以前よりも緊密な打ち合わせのもとに,よりタイムリーな 広報活動が可能になってきた.広報活動業務は組織の情報流通 を担う大切な活動であるが,多大な時間と作業を要し,本業を 持つ兼業編集者にとって,時間的・精神的に大きな負担となる 傾向が強い.原稿データは勿論,画像データもまた簡単にやり 取りできるFirstClassのシステムを使えば,編集の協同作業は ほとんと居ながらにしてオンラインで済んでしまう.図に示す のがそのシステムによって発行したニューズレターの例である.
 新しい情報システムとしてのネットワークの利用がこのよう な既存の組織の中に定着し,現実的な手段となりえたのは,まず, そのシステムを利用する関係者が一定の現実的課題を共有する 限定されたメンバーで出発したということが大きな要因であろう. さらに,このシステムを用いることによって実際生活上での効果 が実感できたということも大きな促進要因として働いた.多忙な 診療を終えた後に,メンバーが一堂に会して作業をする実務作業 が激減し,ネットワークの効用を全員が肌で感じたのである. 本業の時代環境も厳しくなる一方の昨今,委員会活動のあり方に ついての一つのモデルともなりうるものではないかと考えている.
 ネットワークを通じての情報交換の特質として

1)情報の出し手と受け手の非同期性,
2)情報発信の同報性,
3)やり取りする情報のマルチメディア化,

等が上げられる.すなわち,グループで相談しつつ協同作業を進 める際,ネットワークを利用することにより,全員が一定の場所 に集まるという無駄が無くなるだけでなく,電話のように両者の 都合を強制的に合わせる必要すらない.ネット上にメッセージを 出せば,全員に伝わる.音声<電話>や荒い文字・画像<ファックス> だけでなく,そのまま,最終データになりえるマルチメディアデータ (文字や画像)を正確にやりとりできる.このようなネットワーク システムが持つ特質が組織的な業務の実務を通じて,メンバー全体 で実感できたのである.

 既存の組織内へのデジタルコミュニケーションを導入する場合, このような現実的・具体的な課題を共有する一定のメンバーを核とし, 段階的に進めることが最も有効な方法であろう.インターネット時代 ですよ,さあ,みんなでネットワークを使いましょう・・というよう な漫然としたかけ声でスタートしても,その試みはおそらく定着しない だろう.組織内での現実的ニーズを見極め,そのニーズに効率的に応え られるようなシステムを考えることから,手を付けるべきではないかと 思われる.同じような視点で現在進めつつある県歯レベルでの取り組み についても,機会があれば報告したいと思う.

投稿者:

matsuga_senior

《松賀正考》大阪大学外国語学部英語学科、歯学部卒業。明石市で松賀歯科開業。現シニア院長。 兵庫県立大学大学院会計研究科を卒業し会計専門修士。さらに同大大学院経済学研究科修士課程を卒業。その修士論文で国際公共経済学会の優秀論文賞を受賞。現在、博士課程在学中。